99.変わらぬ信念 --------------------



「いかにも診療所って感じっすね。」
民家の中に紛れて佇むまさに町の小さな診療所といった建物の前、清水は言う。
「じゃ、早速中に入るか…」
中に誰かいるかも知れない。用心するようにつぶやく小林の肩を小笠原はぽんと叩いた。
「俺はここで…」
「え?ちょっと待ってくださいよ!本当に診療所でさよならする気だったんすか?」
そりゃないだろうと慌てる清水に、小笠原はただ苦笑するだけである。
「…小笠原さん。こうして偶然出会ったのも深い縁だと思うんですよ。
俺達とあなたはもう仲間だ。一緒に行動しましょう。それとも…」
言葉を続けようとする小林を小笠原はそっと手で制する。
「俺の手が仲間の血で汚れるような事だけはこの先、何があってもできない。
俺の血で他の誰かの手が汚れるぶんには一向に構わないけどな。」
「それって…あ、あかんて!」
小笠原の言葉の意味するもの…すなわち死に場所を求める事という意味をくみ取った清水は、冗談じゃないと詰め寄る。
「あかん!あんたは死んだりしちゃいけない人や!せやからっ…」
「…ナオ。よすんだ。」
瞳を伏せたまま小林は低い声で制すると、悲しげに小笠原に向き直す。
「俺は自分から命を捨てる奴ほどの阿呆はいないと思ってます。
そんな阿呆を仲間にしても、この先良い事なんか何も無いですからね…どうぞ好きにしてください。」
「雅やん!」
「お前は黙ってろ。…死にたい奴は死なせればいい。生き残りたいと願う奴等が何人いると思ってるんだ。」
キツイ言葉を発しながらも、小林の瞳は悲痛そのものであり
それは彼なりの精一杯の気遣いだと悟った小笠原は、小さく笑う。

「…小林の言う通りだ。阿呆なんかに構ってる余裕もないだろう。」
「小笠原さん…あんたは誰かに殺されてもええと言うんですか?
んで、あんたを殺した誰かはますます加速付いて…それでもええって…」
「ナオ、よせ…」
縋る視線で訴えかける清水を制する小林は、小さくため息をつく。
「……」
そんな清水の言葉に小笠原は何とも言えない表情で無言になるが
すぐに元の無表情に戻ると、地面にある鞄を背負う。
「…じゃあな。お前らは…」
「生き残ってくれ、なんて死に行く人に言われたくないですよ。」
最後まで突っ慳貪な物言いの小林に、小笠原もまた苦笑したまま背を向け、野球場目指しゆっくりと歩き出す。
「俺、やっぱり嫌や…雅やんは本当にええんか?このまま…」
「ナオ!よせと言ってんだろ!」
堪えきれず小笠原を追いかけようとする清水の腕を掴み、小林は怒号する。
「俺らが生き残りたいと願うように…小笠原さんは自分の命は自分でケリ付けたいって願ってるんだ…
俺らに止められて考え変えられるほど簡単な意志なわけないだろ。」
「せやかて…」
「…俺だって本当は…でも…」
自分たちのいざこざなどもはや眼中に無いように、
振り返る事無く立ち去っていく小笠原の背を見送りながら、小林は首を振る。
「生にしがみつく俺らは、小笠原さんを苦しめるだけだ…」
「……」
そんな小林の物言いに清水は何も言えぬまま、じっと俯くことしかできなかった。

今まであの世の事など考えた事もなかったが、
今の自分の行き着く先は最愛の娘達のような天使の居る天国か、
はたまた豪華客船の悪鬼達のような悪魔の居る地獄か…
どちらでもいいから、バッドとグローブを持っていけたらいいな。
そのような事を考えながらも小笠原はただ黙々と歩く。
(あの2人は…どうなるかな。)
互いを信じあう2人の姿に己の信念がぐらつきそうになった。
あの2人と行動を決めたのも、心のどこかで思いとどまりたかったからかもしれない。
誰かを信じ、そのためならば己の手を汚すような事があっても…
そういった生の執着に目覚めたかったからかもしれない。
「…結局、考えは変わらなかったが…」
あの2人に出会えて本当に良かったと思えた。
こんな状況でも互いを信じ合うあの2人の姿を見て安堵した。
どのような時でも切れない情と絆というものは存在するのだ、
最愛の妻と娘達が生きていくこの世界は、人間はまだ大丈夫だ。
たとえ自分が居なくても…小笠原は小さく笑うと、再び歩き出す。
「野球場に…誰かいるかな。誰か来るかな…」
誰でもいい。たとえそれが仲間を殺す気でいる者でも構わない。
キャッチボールさえしてくれれば、野球人のまま終らせてくれるならば。
もう、少しだ。
もう少しで辿り着く。静かな光りを湛えた瞳を真っすぐに前方に向け、
ただひたすら野球場を目指し、小笠原は歩くのであった。

【清水直行(11)・小林雅英(30)・小笠原道大(2)G-4 】




戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送