98.花火を、あげれば。 --------------------



両手に鞄を持って辺りを慎重に見回しながら歩く相川の後を、村松を背負った石井が続く。
「…村松さん、生きてますか?」
それは何度目の呼びかけだろう。会話が途絶える度、十秒と立たずに相川か石井に呼びかけられる。
「……ああ…。」
呻くように答えた村松の額には、じっとりと汗が滲んでいる。もう、喋る事すら苦痛なのだ。
それでもしつこく呼びかけてくる相川や石井を不安にさせまいと、痛みを堪え声を絞り出す。

ひとまず安全な所まで避難した相川と石井は、村松に今までの経緯を話し、謝り倒した。
この状況の中、防寒具も何も探さず何時間も自分を尾行した阿呆が二人。村松は呆れて物も言えなかった。

しかし、二人の気持ちは分からないでもない。人間、そう簡単に信頼し合える訳がないのだから。
交流が無いから、とか顔が恐い、とか。自分が避けられた理由は多少ショックではあったが、
最終的に二人が自分を助けようとした事には変わり無い。
それが結果的に自分を死に至らしめられる行為になったとしても。責められるはずがなかった。

ただ一言。もういい、と短く答え、すぐに集落に戻って夜はそこで寒さを凌ぐ事を提案すると、
二人は即座に了承した。恐怖と不安に苛まれていたはずの二人の顔は、見違える程明るくなっていた。


そんな彼らに、彼らの声が原因で自分が致命傷を負った事など。言える筈が無かった。


「集落についたら、まず真っ先に救急箱探しましょう!」
「…そうだな……あると、いいな……。」
村松を背負う石井の明るい声に比べ、村松の返答は至極弱々しいものであった。
(…こいつら…俺を励ますつもりで言ってるのか?それとも本気で救急箱で間に合うと思ってるのか?)
その傷が救急箱では間に合わない物である事は、村松本人が一番よく分かっていた。
出血はまだ止まらない。鋭い痛みはじわじわと体力と気力を奪っていく。もう、歩く事すらままならない。

(…集落に着くまで、生きて、いられるだろうか?)
痛みに耐える中、ここから集落までの距離が果てしなく遠く感じる。
(……まだ。まだだ。まだ、死ねない。)
だが自分に残された時間は、恐らく、予想以上に、少ない。

「………鞄が、あれば、話は、早かったん、だが。」

村松は腹の痛みをこらえて、一言一言、吐き出すように声を出し始めた。
「お前ら、生きて帰ったら、家族に、伝えてくれ。」
その言葉の意図を、瞬時に理解した相川は、悲痛な形相で振り返る。
「何言ってんですか!村松さんも一緒に帰るんですよ!!」
怒ったように叫ぶその姿は、とても頼りなく見えた。石井の足も、止まる。
「心配、するな。もし、俺が死んだら、の話だ。一応、聞い、とけ。」
なだめるように相川を説き伏せる。正直、一応程度の心構えで聞かれたら困るのだが。
自分が今から言い残すことは、一般的に「遺言」と呼ばれるものなのだから。
相川も石井も黙り込むと、村松は言葉を続けた。
「…生きて、帰れなくて、すまない、と。お前達は、自由に、生きろ、と。」
「村松さん!」
それは、どっちの声だろうか。どっちでもいい。もう、呼びかけには応じられそうに無い。
(…後、何か、言いたい、事……)
急速に襲い来る眠気に必死に耐え、最後の一言を紡ぎ出す。

「……場に……花火を、あげれば、きっ…と……さ……んで……れ…」

球場に花火を上げたいんだ。一度だけでも。花火を上げれば、お客さんは喜んでくれる。
福岡ドームでホークスが勝利した時に打ち上げられる花火。あれ以上に綺麗な花火を。
費用は俺が全額負担してもいい。それで少しでもお客さんが喜んでくれるなら、安いもんだ。
それに、そうする事でバファローズの一員になれる気がするんだよ。

なあ――今、生きているのか、死んでいるのかすら分からない――佳知。
生え抜きであるお前に、外様である俺の気持ちは理解できないだろうな。

――外様も外様なりに、チームの力になろうと必死なんだよ――――


「村松さん…?」
村松の声が途絶えた事を不安に感じた相川が、また村松に呼びかける。が、反応は無い。
「…疲れて寝ちゃったんじゃないですか?休ませてあげましょうよ。」
反応が無いが、まだ息はある。ちゃんと生きてますよ、と石井が微笑む。
「怪我人には呼びかけが効果があるって言うだろ?お前も呼びかけてたくせに。」
「いくらなんでも呼びかけすぎです。だから不安になって遺言なんか言い出したんですよ。」
石井の言葉に、そうかな?と相川は反省する。言われてみれば、話しかけ過ぎたかもしれない。
とにかく、話しかけなければ死んでしまう。そんな気がして呼びかけ続けていた。
「…花火って、何の事だろうな?それも遺言なのか?」
村松が言いきったつもりの言葉は、完全には届いていなかった。
花火が上がれば、何だというのだろう?相川は首を傾げる。
「さあ?起きた時に聞きましょうよ。っていうか…相川さんそろそろ替わって下さいよ。」
よいしょ、と村松を背負い直す石井。村松を背負う事に疲れてきたらしい。
自分に比べ若干体格が劣るものの、ほぼ同体格。石井の額から滲んだ汗が何筋も頬を伝う。
「寝ちゃったんだろ?なら集落までお前が運ぶしかないだろ。」
自分よりも少し体格が勝る相川のとんでもない発言に、石井は目を丸くする。
「えっ!?ちょっと待ってくださいよ!村松さん、起きて!村松さん!!」
ゆさゆさと村松の体を揺らすも、村松が目を覚ます気配は無い。
「起こすなよ!せっかく穏やかな顔して寝てんだから!」
相川は笑いながら足早に先へと進んでいく。もう先程の悲痛な面影は、微塵も無い。

「…そんな事言って、本当は自分が背負いたくないだけだったりして…。」
「あ?何か言ったか?後輩!」
石井の小さな呟きに、相川は不機嫌そうに振り返る。
「いえ!何でもないっす!先輩!」
慌てて石井は気合の入った声を返す。相川は満足そうに頷いて、微笑む。

「…心配しなくても、ここのエリア抜けたら替わってやるよ。エリアごとに交代しよう。」
そう言って相川は再び石井に背を向けて歩き始める。石井はもう一度村松を背負い直して後に続いた。


二人が村松の静かな死に気づくのは、数十分後の事になる。

【相川亮二(59)・石井弘寿(61)A−5】
【村松有人(23)・死亡 残り21人】




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