96.For Peace --------------------



痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
木村拓也は体全体を引きずるようにして移動していた。
その間半ば閉じかけていた傷口は開き、白いユニフォームを胸元を赤く染め上げている。
それでも木村は歩き続けていた、死への恐怖と仲間への裏切りの念から逃げる為。

俺は、黒田を裏切った。
同じチームで、同じユニフォームを着て、戦ってきた黒田を。
死にたくないから、殺されたくないから、俺は誰かの為に死ねないから。
でも、誰かがきっと俺を殺すんだ、24分の1の椅子取りゲームだから。
23人は死ぬんだ、その中に・・・・。
嫌だ嫌だ嫌だ俺だって生きたい死にたくない

近くの木にもたれ、木村は大きく息を吸おうとする。
その度に胸に痛みが走り、呼吸どころではなくなる。
その痛みと苦しみが更に木村の心を追い詰める。

怖い
怖い怖い
怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
死にたくない死にたくない俺は生きたいんだ
死ぬのが怖い、俺はまだ生きたい、死にたくない・・・・!!

胸を掻き毟りたい衝動を抑えながら、木村は再び歩き始める。
ふと目の前に焦茶色の建物があるのが見え、よろめきながらも一歩ずつ足を前に出す。
そして右手を伸ばして――とその瞬間、目の前の風景がガクンと下がった。

「うわっ!?」

そのまま伸ばした手を地面につけた瞬間、痛みが走った。
目の前の風景が建物と草の間を行き来している。
乾いた草がまとわりつく。
身長173cmのプロ野球選手としては小柄な体は、学校裏の小さな傾斜の上から転がり落ちていた。

叫ぶことも出来ず、木村はゴホッと鈍く一回咳をし、胸を押さえながら左肩にかけた鞄の持ち手を上げかけて手を止めた。
ずきずきと熱を持ち始めた右手首を反対側の手で押さえながら立ち上がる。
名前の消えかけた看板の横を通り、古びたガラスがはめてある木の引き戸を左手で開ける。
ガシャガシャと音がして、ゆっくり扉が開いた。
右手は胸の傷を押さえ、浅い呼吸を繰り返しながらスパイクを履いたまま学校内に入る。
すぐ右手側にあった階段の手すりにすがりながら、木村は一段一段上り始める。

階段を上りきり、近くの扉を開けて中に飛び込むように入る。
痛む右手を左手で抑えながら、すぐ横の壁にすがる。
木村は辺りを見回し、グランドピアノがあるのを見つけた。
その横の窓から見える景色を確認することもなく、鞄を肩から下ろす。

ここ、どこだ。
そう考えながら、目を閉じた。
聞こえるのは風が木を叩く音だけ。

もう、どこでも、いい。
鞄を下ろし、倒れこむように木の床に横になった。
ひんやりと冷たい床から傷を守るかのように右手を床と体の間に入れる。
あれほど辛かった胸の痛みが小さくなっていた。

もうつかれた・・・・もういやだ・・・・もう誰も裏切りたくない・・・・
俺は・・・・・・いきたい・・・

右手で胸を押さえたまま、木村はそのまま静かに眠り始めた。
その表情はこの島に似合わない無邪気なものだった。

【木村拓也(27) H−4】




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