93.悪魔との遭遇 --------------------



村松は冷たい風を一身に受けながら、殆ど整備されていない砂利混じりの山道を歩いていた。
(何故、誰とも会わない…?)
これまでずっと一本道を歩いてきたが、未だに人はおろか小動物すら見つける事は出来ない。
もしかしたら道から外れて潜伏している人間もいるかもしれないと思い、辺りを見回す。
道の右側はなだらかな傾斜になっている。木々が邪魔してその先はよく見えない。
左側は岩壁が続く。けして乗り上がれない高さではないが、上るには多少時間がかかるだろう。
ここまできても全く人の気配を感じない事を疑問に思う中、風は一層冷たさを増して吹き付ける。

(…寒さには慣れていたつもりだったんだが…冬だからな…流石に寒いな…。)
とうとうその寒さに耐え切れずに立ち止まり、鞄を地に降ろし中からコートを引っ張り出す。
無理矢理丸めて鞄に詰め込んだそのコートは、通りかかった小さな集落で見つけた。
ジャンパーも見つけたが、防寒具は二つもいらないと判断し、野宿を考えて丈の長いコートを選んだ。
(ジャンパーにしておけば良かったな……。)
山や森を歩く事を考えれば、ジャンパーの方が動きやすいのは分かっていたはずだった。
コートを着て、鞄を肩にかけて。そんな状態で山道を歩いている時に襲われたら、かなり不利だ。
だが、この寒さではそんな事は言っていられない。素早くコートを身に纏い、寒さを凌ぐ。
何故自分はあの時、野宿の事しか考えなかったのだろう。村松は苦笑する。

こういう時こそ、冷静であるべきなのに。いや、こんな状況で冷静でいられるはずが無い。
こんな状況だ。当然考える力は落ちる。それでなくてもミスはする。それが人間だ。
落ち着こう。狂ったら終わりだ。早く誰かと会おう。人間であれば、誰でもいい。
だが、目立つ道を歩いているはずなのに、人に会わないのは何故だ?
流石に、集落では誰かと会うだろうと考えていたが。結局ここまで誰とも会っていない。
もう既に誰か死んだだろうか?銃声だけは何発も聞いた。誰が死んでいてもおかしくはない。
自分も死ぬかも知れない。共に頂点を目指した仲間の手にかけられて。
自分が手にかけるかもしれない。共に頂点を目指した仲間を。

(…やめよう。こんな事ばかり考えていたら気が滅入る。落ち着け。とにかく、落ち着け。)

微かに震える手でコートのボタンをはめ終えると、もう一度辺りを見回す。
やはり、人の気配は無い。小動物の気配すらない。
(…空が少し…暗くなってきたな…。)
空が曇っているせいもあるが、今は冬。空はどんどんと暗くなっていくだろう。
村松は鞄から小型の懐中電灯ともう一つ、小さな四角形の機械を取り出す。
それは防寒具を選んでいた時に何気なく視界に入った、アナログ式の目覚まし時計。
時間は把握したいと思い鞄に放り込んだが、いちいち取り出すのが面倒臭い。
(……放送まで約2時間か…。)
時間を確認して早々と時計を鞄にしまう。腕時計を探せばよかったのでは?と今更ながら思う。
コートと目覚まし時計。ほぼ白紙のノートから破り取るように千切った一枚の紙。
ある事を書き記したその紙は、今や何よりも大切な物。それらを鞄に詰め込んで、集落を出た。
あえて武器は探さなかった。武器を持てば今より更に冷静でいられなくなる気がしたし、
自ら武器を探す事はゲームに乗ってしまう事になる気がした。自分は、ゲームに乗るつもりは無い。
今思えば、その固すぎる決意は自分が死ぬ可能性を高めただけなのではないかと思う。
何せ、自身に支給された武器は殺傷能力のあるものではなかったのだから。

『☆★シュアーファイアー最新型(防水・米海軍SEAL仕様!)★☆
 強力なライトです!これで相手の目を眩ませろ!便利なホルスター付き!』

ベルトに装着可能なナイロン製のホルスターの中に、その強力なライトは入っていた。
懐中電灯と同じ様な物を武器として支給されるなんて、何処まで運が悪いのだろう。
だが護身用としてはそれなりに使える物。すぐ取り出せるようにホルスターを左脇腹に装着していたが、
コートを着込んだ今、それを取り出すのにも少し手間がかかる事に気づいた村松は深いため息をつく。
(…運が悪ければ、手際も悪い、か…上手く、いかないものだな…。)
懐中電灯を地面に置き、先程はめたばかりのコートのボタンをはずし始めた。

(…皆、今、何をしているんだ…?)

ガサッ

草が踏みつけられる音に、ホルスターにかけた左手が一瞬硬直する。
咄嗟に右手で懐中電灯を掴み、スイッチを入れて音が発生した方向を照らす。

右側。緩やかな傾斜に生える木々の間に、何かがいる。音はハッキリと聞こえた。距離は遠くは無い。
人間だ。ゆっくり歩いている。アテネのユニフォーム。あの、いかつい顔は…

「福留…?」

呟いたと同時に互いの視線が合う。村松の持つ懐中電灯の光が、福留が右手に持っている金属に反射した。


【村松有人(A23)・福留孝介(A1) B−6】




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