92.ジグソーパズルを組み立てる --------------------



「ちょっと今日は・・・・うん・・ゴメン・・・・
 ちょっと積もる話があってさ・・・・酒も・・・うん・・ゴメンね、11時ぐらいには帰るから・・・それじゃあ・・・」

渡辺は携帯電話の終話ボタンを押した後、再び目の前のノートパソコンの液晶画面を見た。
暗がりの中で光を放つそれには『Port of Yokohama Entry Schedule』の文字が浮かんでいる。

「やっぱり・・・・って言っていいべきかどうか分かんないけどな・・・・・」

マウスから手を離し両手を握り、それを顎の下に持ってくると渡辺は軽く目を伏せた。

ここに書かれていなければおかしい『Diamond Princess Sea』の文字がどこにも無い。
検索機能も使った、目を皿のようにしても探した。
しかしどこにもないのだ、全ての船の出港が書いてあるはずであるこのページに。

小さく息を吐き渡辺はポケットの中を探って2枚のコピー用紙を取り出した。
そしてそのうちの一枚を広げると、そこには『2004年五輪会のご案内』と印刷してあるのが読める。
その中には確かに『あの船』の名前もあった。
溜息をつき、もう一枚の紙を広げる。
『強制参加』『重大な罰則』との文字が踊るそれは渡辺の疑問の輪郭をさらに鮮明にさせているようだった。

「スケジュールに無い寄航・・・・な訳ないな・・・」

とんとんと画面を右手の人差し指で叩きながら、自分で呟いた言葉に自分で否定した。
このページは確かリアルタイム更新と書いてあった、つい数時間前に出港した船の事が書いていない訳無い。
顔をしかめ、頬杖をついて渡辺は静かに思考を巡らせる。

確かに『あの船』はあそこにあった、それは確かなこと。
でもその存在を公的に示すものは無い。
まるで、『あの船』があそこにあった事を隠すかのように。
それに一競技限定の五輪会なんて今まで無かった。
その上強制参加と重大な罰則が加わるとなると・・・・・。
絶対に何かおかしい。

窓の外には夜の帳の落ちた横浜港が見える部屋で、渡辺はあの時のように天井を仰ぎ目を閉じた。



「あ、野田さんお久し振りです。」
「久し振り。」
「どうもです。」
読売新聞本社近くの漫画喫茶に石川、阿部、野田の三人は居た。
阿部から野田にメールが入り、それまで落ち合う場所にしていた本屋からここへ場所を変えたのだった。

「あーもうこんな時間か。俺もう疲れた。」
「なーに言ってんすか、シーズン中は今から試合でしょ。」
適当に返事をしながら後ろ手に個室の扉を閉めると
野田はテーブルの上にあったフライドポテトの山から1つ取って口に放り込む。

「そう言えば野田さん、家に帰らなくても良いんですか?」
部屋の壁にすがって立っていた石川が尋ねる。
おぉ、そこに居たのか。と野田がニヤニヤ笑いを浮かべているのを見て、石川はチームメイトの事を思い出していた。

「あぁ今日帰れないって一応連絡入れといた。俺はオール可。」
「妻帯者ってやっぱ大変ですね〜。」
「お前はとっとと結婚しやがれ。」
野田と阿部の軽快な掛け合いを聞きながら、石川は気付かれないように肩を震わせて笑っている。
何だよ〜と軽い口調で野田は笑っている石川にイーっと歯を見せた。

「んで、誰に会ってきたんだ?」
部屋に備えつけのソファーに座りながら野田が阿部に向かって問うと、笑いに耐え切った石川が返答する。

「滝鼻さんです。」
「誰それ。」

野田がそうあっさりと返すと阿部は盛大な溜息をついた。

「・・・うちのオーナーっすよ。」
そうなの?と言う野田に石川と阿部は思わず顔を見合わせる。
自分のせいで悪くなった空気に気付き、慌てて野田はデスクトップパソコンのディスプレイを見た。

「んで?滝鼻さんには・・・・」
「会えませんでした。」
「え、会えなかった?」
不思議そうな表情の野田に、阿部と石川はこれまでの事を話した。
アポイントメントをとっていたが急な仕事が入ったということで滝鼻に会えなかったこと、
その代わりにUSBメモリを秘書と名乗った男から貰ったこと、
その中身を見るためここに合流場所を変えたこと。
たまに相槌を打ちながら野田は真剣な眼差しで2人の話を聞いていた。

「で、そのメモリの中見た訳?」
「見ました。でも・・・・」
石川の語尾が濁る。
それを受けて阿部が野田の前にあるパソコンを操作し、
タスクバーに収まっていたウィンドウを表示させると、画面が黒で覆われた。
そしてその中心にポツリと何かを入力する欄と『Enter』のボタンがある。

野田は画面を覗き込み、一言。

「何じゃこりゃ。」
とそう呟き、首を傾けた野田に『俺らが言いたいっすよ。』と阿部が答えた。

「ヒントもあったんですけど何が何やらさっぱりで・・・・。」
分かんなかったんです、と石川が野田の隣に座りながら言った。
阿部はもう一度操作するとステータスバーに『Hint.txt』と書いてあるウィンドウが開く。
鼻の頭を人差し指で抑えながら、野田は白の背景に浮かんだ細く黒い文字を小さな声で読み始めた。


「真実の母オリンピアよ・・・・」


<<渡辺 横浜港近くのホテル
 野田・阿部・石川 読売新聞本社近くの漫画喫茶>>




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