90.黒田の決意 --------------------



木村が走り去った後も、黒田はしばらくその場に座り込んでいた。
まさか木村に襲われるとは思っていなかった。
自分が一番気にかけていた同じチームの仲間に、拒絶され、攻撃された。

ただ、「人を殺せる武器」を持っていただけで。木村は自分を殺そうとした。
ただ、人を殺せる武器を持っていた「だけ」で。あの人は仲間を殺そうとした。

黒田を覆う絶望は、もはや木村を追いかける気力さえ奪っていた。
ただじっと、手に持ったボウガンを覇気の無い目で見つめる。

この武器が襲った原因か?別の物なら襲ってこなかっただろうか?
何故、もっと冷静に話し合えなかった?
怪我をしていた。怪我は大丈夫だろうか?
自分は、人を殺すような人間だと思われていたのか?

様々な疑問や不安が、黒田の頭の中で激しく渦巻く。

もし、この武器を差し出していたら、信じて貰えただろうか?
それとも、この武器で自分を殺しただろうか?
それ以前に、そうしなければ信頼できないような間柄だっただろうか?
この状況は固い友情も信頼も、全て打ち崩してしまう物なのだろうか?

ボウガンに大粒の水滴が一滴、二滴と落ちていく。
黒田は、自分が改めて泣いている事に気づいた。

(……こんなに泣いたんは、あの日以来やな…。)

完封目前の9回。3点取られてベンチで情けなくも泣いてしまったあの日。
その姿を全国に晒している事を理解していても尚、涙は止まらなかった。
悔しかった。自分が情けなくてたまらなかった。消えてしまいたった。
あの時の涙を悔し涙とするなら、今流している涙は何と表せばいいのだろう。
タオルも無い、TVカメラも無い。明らかにあの時とは、違う涙。
いっそ泣き尽くしてしまおうか。そうすればきっと、スッキリする。
ボウガンを手に持ったまま顔を上げると、ボンヤリと鞄を見やる。

(…アテネか…アテネで泣かんで良かったなぁ…って、何考えとんやろ、俺…。)

その鞄は、黒田達が世界に挑んだ証。それがその鞄の、本来の意味。
黒田と木村は、広島東洋カープの代表としてこの鞄を与えられたのだ。
(…こんな情けない奴がチームの代表やったら、そりゃチームも優勝できんわな…。)
黒田は苦笑する。自分に対して。木村に対して。ここ十数年優勝していないチームに対して。
(……チームの代表なら、最後の最後まで堂々としとらんと、チームに失礼やな…。)
袖で涙を拭い、これ以上涙が零れない様に空を見上げた。顔に吹き付ける潮風が、冷たい。
黒田は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
己の信念を曲げずに。何があっても動じずに。最高の死に場所を見つけるまでは。誇りを持って。
落ち込んでいる暇はない。木村も岩隈も生きようと皆必死なのだ。それを責めるつもりは無い。

(でも俺は、醜い生き様を晒す位なら、格好良い死に様を求める。)

それは、男として。夫として。父親として。全てにおいての誇り。
そして、岩隈に何をしたいかを問われ、空を見上げた時から決意していた事。

「…俺は勝手に死ぬから、お前ら勝手に生きとけや。」

黒田は鞄を持って立ち上がり、理想の死に場所に向かって走りだす。もう、涙は止まっていた。

【黒田 F−2(H−4を目指している)】




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