89.シマウマ --------------------



金子誠は、しばらく表情の無い顔で藤本敦士を見下ろしていた。
硬直する藤本の背中に、冷たい汗が伝う。
しかし、まだ運命は彼を見離してはいなかった。

「命拾いしたな、藤本」
金子はニヤリと笑った。
「俺がやる気になってたら、お前、今頃死体だぞ?」
金子の言葉に、藤本は思いっきり安堵の息をつく。
「あ〜、びっくりした。脅かさんといてくださいよ。落とし穴、金子さんが掘ったんですか?」
「ああ。本当に落ちる奴がいるとは思わなかったけどな」
「う」
確かに、落とし穴に落ちるなんてイイ年して恥ずかしすぎる。
「とりあえず、靴履けば?」
笑いをこらえきれないというようにニヤニヤしだす金子に、藤本はバツの悪い思いで慌ててスパイクを履いた。


「ほんと、悪かったな」
藤本が身支度を整えると、金子は手を差し出しながら軽く謝った。
「いえ。もういいです。忘れてください」
本当に早く忘れて欲しい。
「金子さんは、このゲーム乗ってないんですよね……?」
藤本が念を押すように聞いた。
金子がゲームに乗っていたのなら、隙だらけだった藤本がタダで済むはずはないのだが。
「当たり前だろう。俺は草食動物だから、殺し合いとかは無理」
金子は真面目な顔で妙なことをあっさりと言う。
「俺って動物に例えると、シマウマとかだと思うんだよなー」
言ってから、まじまじと藤本の顔を見つめる。

「お前は、……」
「わかってますよ、猿やっていうんでしょ」
藤本は、金子の言葉を遮って言った。
普段からサルやらモンキーやら言われ慣れている藤本である。
「いや、そうじゃなくて。お前はこのゲームには乗ってないんだよな?」
「乗るわけないやないですか!」
「だよなー。乗ってたらもっと慎重に行動するよな。落とし穴なんか落ちるわけないもんな」
もしかしたら俺、バカにされとる?
藤本はそう思い始めたが、金子はにこっと笑ったみせた。
「マトモな奴に会えてよかったよ。1人じゃ心細くてさ」
その笑顔に安心して、藤本も笑った。
「俺もです。超ビビってました。でも、金子さんは余裕やないですか。落とし穴なんか掘っちゃって」

余裕がないから罠を作ったんだよ。俺は、臆病だから。
お前みたいな単純な奴にはわからないだろうけど。

しかし、金子は思っていることと全然別のことを口にした。
藤本が持つ黒い機械を覗き込む。
「これがお前の支給品?」
「あ、はい。探知機なんです。人のいる場所がわかるんです」
「へえー、いいなー」
金子は羨ましそうに言って、自分の支給品を見せた。
「お前、ラッキーだな。俺なんかコレだよ」
それは30センチに満たない鉄製の小さなシャベル。
一応、先は鋭く尖っているものの、武器というにはまったく心もとない。かなりのハズレ品だろう。
「それで、穴掘ったんですか?」
藤本はやや呆れたように言った。
やる気のなさそうな顔をして、意外とすごい根性だな、と思う。
「まーな、他にやることもなかったし。とりあえず正規の使い方をしてみたんだが、けっこう使いやすかったな」
特許出願中だそうだ、と金子は妙な自慢をした。
なんやそら、と藤本は思ったが、自分がまんまとその有効性を証明してしまったのでツッコミはやめておいた。

最初は金子を警戒していた藤本だが、くだらないことを話すうちに徐々に人と一緒にいることが心強く思えてくる。
いきなり人が撃たれるところを目撃し、一人で不安と向き合っていたのだ。
人懐こい性格の藤本にしてみれば、人に会えて会話を交わせたことも単純に嬉しい。
金子がロクな武器を持ってないことが、更に警戒心を解かせる。
そうして藤本は、金子と一緒に行動することを決めた。

「穴に落とされたんはアレやけど、金子さんに会えてよかったです。まともな人に会えて。
 皆やる気になっとったら、どうしようかて思うてて……。俺、ぶっちゃけかなりヘタレとったんで」
金子の隠れ家があるという場所へ案内されながら、藤本は改めて言った。
「そうだな。俺も怖かったよ。一人でいるとヤなことばかり考えちゃってさ。俺も、お前に会えてよかったよ」
金子は真摯な目でそう言った。

本当に、お前に会えてよかったよ。
そんな便利なもんをわざわざ持ってきてくれるなんて、な。
あとは、せいぜい俺の盾にでもなってくれよ?

金子にあるのは依然「死にたくない」という気持ちだけだった。
生き延びるためには何でも利用し、どんなことでもする。
自分には獲物を切り裂く鋭い牙も、それに耐えうる強い皮膚も、反撃する大きな角も何もない。
できるのはただ考えることと欺くことだけだ。
サバンナの草むらに保護色で身を隠し、弱くとも狡猾に生き延びるシマウマのように。


【藤本・金子 G−2】




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