87.死体を見下ろす時 --------------------



 校舎からさほど離れていないとある二階建ての家の中に、三浦大輔は入り込んでいた。
 唯一施錠されていなかった風呂場の小さな窓から侵入したのだ。
 三浦は台所の流し台で果物ナイフを見つけると、それを持って二階へつながる階段へとゆっくりと歩く。

 普通なら、外から狙われていることが分かればこの場所を捨てるはず。
 少なくとも窓か裏口か、外に出たところの鍵は開いているはずだから・・・。
 俺が撃った弾は命中していて、・・・誰かは分からないが、そいつ動けずにいるはずだ。
 息があったとしても潰してしまえばいいこと。

 二階へ上がった三浦は、斃れピクリとも動かない安藤優也を見つけてニタリと笑った。
 伏せた安藤の体からはどす黒く色が変わった血が畳を染めている。
 三浦は安藤の体を無理やり起こした。
 安藤の胸の辺りからどす黒い大きなシミがユニフォームを染めている。
 三浦は、冷たくなった首筋で脈をとり、息もないことを確認したところで一つ息をついた。

 なんだ、案外簡単に死ぬんだな、人間って・・・、弱い。
 この分なら、他の連中もサクサク殺れそうだ。
 さっさとこんなゲームなんか終わらせてやる。
 今年は日本一になる、って決めたのに、こんなところでこんなゲームで死ぬわけにはいかない。

 三浦は一階へ降り、居間に放置された、いまや主のないカバンを見た。
 カバンにはまだ、鍵がかかったままだ。三浦はカバンを文化包丁で切り裂いた。
 カバンの中に入っているペットボトルや食料、タオル等をを自分が持つカバンに移し変える。
「・・・ん? なんだこれ? まい・・・おとろん?」
 カバンの中から、ビニール袋に入った丸みを帯びた黒い物体と説明書が出てきた。
 ビニール袋には、
『マイオトロンSSモデル 最新型FBI御用達の超高性能スタンガン。これであなたの身も安全に!』
 と書かれたラベルが貼ってある。
 パッと見変わった形の電動シェーバーとも取れるそのものは、見てくれとはうらはらにかなり物騒なものだった。
※マイオトロンは相手の脳に直接働きかけ、運動神経を一時的に麻痺させるFBI使用の本格的な護身用品です。
 随意筋と呼ばれる組織に高周波パルスが直接働きかけ脳波を瞬時にジャミングさせる為、
 相手は意識があっても立ち上がることさえできなくなります。
 セーフティロック付き、通常時に誤って放電する心配はありません。
 使用する際は相手に奪われないよう必ずストラップを通してご使用ください。
 なお、フル充電してあるので約500回の使用が可能です。

 うわ、こんなものつきつけられたらイチコロじゃないか。
 とりあえず俺が・・・俺と、相川が生き残るために有意義に使ってやるから安心しな。

「そういや相川、今どこにいるのかな。」

 絶対的な信頼を置かれていた谷繁がFAを取得しチームを出て行ったとき、
 残された捕手陣の中で選択肢として残ったのが、相川だった。
 相川自身はおそらく必死になっていたはずだが、チームは低迷。
 心無い連中からは、谷繁と相川のリードを比べられ、チーム低迷の一因と後ろ指を差されていたことも知っている。
 去年あたりからやっと成績とやる気がついてきて、一緒にアテネにも行った。
『今はチームもキツいッスけど、来年は一緒に日本シリーズまで行きましょう。』
 チーム状態を分かっていて、だがあくまでも勝負を捨てないあの根性は俺も好きなんだが・・・。

 だがなぁ。
 このゲームじゃ邪魔なんだよな、そういうの。
 俺が引導わたしてやるから他の奴らに殺されるんじゃないぞ。

 三浦は説明書をぽいと床に放り投げた。
 説明書と一緒に一枚の紙が落ちたが、気にせずジャンパーのポケットにマイオトロンを入れる。
 狙撃銃に弾を5発装てんすると、果物ナイフをカバンに放り込んだ。

 裏口をそっと開けた所で誰かの話し声が聞こえ、三浦の動きが止まる。

「…これも何かの縁や。一緒に行動せえへん? 正直、一人はしんどいんや…」
「そうですね… 一緒に行きましょう。で、一人でも多くの人達にゲームを潰してやろうと呼びかけましょう。」
「…そうやね。こんなゲーム、みんなで潰したろうや。」

 二人の話し声。たぶん、西武のエースと、巨人のエース。
 パリーグのエース松坂と、セリーグのエース上原が一緒にいる。
 アテネのとき、日本のエースとして並び称された二人。
 あの二人、そうとう辛かったろうな。・・・関係ないが。

 三浦は二人に気づかれないよう二階建ての家をそっと出て、隠れるように隣の家の塀の影に入った。

 とりあえず、あの二人のうち一人を潰すか・・・? 潰すにしても、どっちを殺すかな・・・。
 ま、ヤバくなっても俺には安藤からもらったスタンガンあるしな。近づければなんとかなるかもしれん。

 三浦は二人のうちどちらかを狙うか思いをめぐらせながら、二人がどこへ向かうか全神経を集中させて伺っている。

 しかし、三浦は知らなかった。
 せっかく手に入れたマイオトロンにある意味致命的な弱点があることを。
 それを解説した一枚の紙が、誰にも読まれず説明書と一緒に二階建ての家に残されている。

【三浦大輔(17) 現在地G-4】




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