85.1つの差が全てを変える --------------------



「・・・と包帯がいち、にい、さん・・・・6つか。よし。」

和田一浩は落ち葉の上に支給品である医療品セット一式を広げ、
それぞれの個数を名簿の裏に几帳面に書き記していた。
最後に包帯の個数を書くと袋の中に戻していく作業に入る。
一番下に固く壊れにくい物を、そして順々に手際良く袋の中に詰めていく。
冬の風に瓶の冷たさが指にしみるが寒いだなんて言っている暇は無い。
こうしている間にも誰かが血を流して倒れているかも知れない、誰かと誰かが争っているかも知れない。
そんな思いが和田を動かしていた。

そうして冬の凍るような風の中、黙々と傷薬や痛み止めを入れていたがはたと手が止まる。
銃声が耳に届いたのだ―――それも立て続けに3発も。
鳥が一斉に羽ばたいていった空を見上げ、
この島に上陸してから初めてそれを聴いた和田は小さく舌打ちをすると急いで残りの医療品を袋の中に詰めていく。
もしかしたら今の銃撃で誰かが怪我をしているかも知れない、もしかしたら・・・・。
頭を掠める悲劇を振って無くそうとするが、中々消えずに残る。

最後に消毒液を乱雑に入れ袋の口を閉じると、和田は立ち上がって袋を担いだ。
そして砲声の響いたであろう場所へ向かって一心不乱に走り始めた。
みんな、無事でいてくれ、殺し合いなんてしたって意味は無い!
心の中でそう叫びながら、落ち葉が大きくにごった音を立てて割れていく中を走った。

ユニフォームのポケットから滑り落ちた『ハートの6』のカードの存在に気付くこともなく。


福留孝介はその頃山の麓で不思議そうに空を見上げた後、少し唇を歪めた。
これで銃声は5発、相当みんなやる気みたいだ。
やる気のある人が多いと俺としても助かる。日本シリーズの打席に立つチャンスが増えるのだから。
大樹の根元に座ったまま、左手に持った自分の選んだカードを眺める。
これが俺の運命、と福留は独り言を呟いた。

運命か。
自分が呟いた言葉に福留はこのゲームへの招待状を受け取ったときの事を思い出す。
あの時はまさかこんな事になるなんて思いもしなかったな。まぁ思える訳ないか。
五輪会という文字を読んだ時に運命のスイッチは『現実』から『非現実』へと動いた。
そしてそれにより簡単にあっけなく、『普通』が『異常』へと姿を変えていたのを見過ごしていただけかも知れない。

「異常、か。」

俺は異常なんだろうか。福留は心の中でひとりごちた。
『普通』の道徳で考えれば俺は人が死ぬのを求めている、だから異常だ。
でもどうだ?今この場所においての普通は『異常』なんだ。
マイナス掛けるマイナスがプラスになるように、俺の求めているものはここでは『普通』になる。
さっきの自分への問いかけに福留は答えた。

「俺はいたって『正常』だ。」

この『普通』の世界でのルールを守るんだから、俺は『正常』だ。
自分に言い聞かせるように2、3度呟き、右手に持った刺身包丁を見る。
静かに、だが熱く右手の中のそれは何かを待っているように感じられた。
もう一度空を見上げ、今度は左手に持ったそれを光に透かそうと思うが太陽が出ておらず諦めた。
福留は小さく溜息を吐いて、目を閉じた。
光に透かそうとしたそれ――『ハートの7』のカード――が福留の運命のスイッチを更に動かしていたことは誰も知らない。
もちろん、福留自身でさえも。

【和田一 E−6からG−5の大橋目指して移動中
 福留  C−6】




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