82.相棒 --------------------



高橋由伸は困惑していた。
今、彼は銃を向けられている。
人生で初めての経験だった。たぶん彼に銃を向けている人間の方も、そうだろう。
それを証明するかのように、和田毅は由伸に震える銃口を向けたまま硬直している。
「と、とりあえず、銃を下ろしてくれ、な?」
呼びかけてみるが、和田は血走った目で睨んでくるだけだった。
銃口は、相変わらず頑なに由伸に向けられている。
「和田、頼むよ。俺はお前と争う気なんてないんだ……」
由伸は情けなさそうに言った。事実、自分が情けない。
和田をなだめるどころか、かえって追い詰めてしまったようだ。
ふいに、和田の目が鋭くなった。
「背中に何を隠してるんですか?」
「え…!?」
「武器を持ってるんじゃないですか!?」
さすがピッチャーだな、と由伸は妙なところに感心した。
混乱しているように見えても、しっかり状況を把握している。
「見せてくださいよ! 後ろに何を隠してるのか!」
和田の銃口の震えが止まった。

――撃たれる!?

由伸は反射的に、後手に隠した銃を和田に向けてしまった。
和田の目が大きく見開かれる。
もう、言い訳はきかない。

「やっぱり、銃を持ってたんですね……油断させて、俺を撃つ気だったんだ!」

由伸の予想に反して、和田はすぐに撃ってはこなかった。
ただ、端整な顔を歪めて憎々しげに由伸を糾弾し始める。
「やっぱりそうだ……誰も信用なんかできない! あんたも俺の敵なんじゃないか!」
「違う、和田!」
それは誤解だ。それは被害妄想だ。
しかし、それを言ってどうなるのだろう。和田の怒りに火をつけるだけなのではないか。
撃たれるかもしれないという恐怖に駆られて、和田に銃を向けてしまったのも事実なのだから。
撃つつもりはない。
だが、今更銃を捨てることもできない。

殺したくない。
死にたくない。
どうすれば……?

由伸は絶望的な思いで和田を見つめた。
和田の目も絶望しているように見えた。

なぜ、こんなことになってしまったんだ!?

どちらかが引き金を引けば、撃ち合いが始まるのだろう。
銃を持つというのは、こんなに恐ろしいことなのか。

目と目、銃口と銃口を合わせたまま、二人は無言で見つめ合っていた。

お互いの瞳の中に絶望しかない。
お互いの心の中に不安しかない。
どうすれば……?

その時、静寂を破るように、ガサリと背後で音がした。

「やめろ、由伸! 毅!」


いきなり割って入ってきた大声に、和田の肩がびくっと震える。
二人は銃を構えたまま、声のした方角へ目を向ける。
そこにいたのはアテネ五輪チームのキャプテン、宮本慎也だった。走って来たのか軽く息が上がっている。
「銃なんか出して何やっとん! 殺し合うつもりなんか!?」
怒鳴るように問いかける宮本に、和田がぎょっとするほど鋭い目を向けた。
「宮本さん……そうか、仲間がいたんですね。だから余裕だったんだ……」
「違う!」
由伸が必死に叫ぶ。
「違いませんよ!」
和田は駄々っ子のように叫び返した。その声には既に涙が混じっている。
「俺を笑ってたんでしょう!? 俺が一人だからって、馬鹿にして!」
絶叫してから、いきなり声を落としてブツブツと呟く。
「由伸さんはいいですよね……よそのチームにまで仲のいい人がいて……俺なんか、俺なんか……」
和田の声が何かに押しつぶされたようにかすれる。
「チームメイトで、バッテリーで! 一番信頼する人に、突き放されたのに!」と、続く言葉を声にするこはできなかった。
自分が城島に見捨てられたことを知られたら、ますますみじめになるような気がした。

そして、声にならない叫びは、銃声に形を変えた。

ぱん、と高い音を鳴らして、弾丸は由伸のすぐそばに立つ木の枝を弾いた。
由伸は慌てて手近の大木の裏に身を隠す。
心臓が跳ね上がり、足ががくがくと震えた。
銃で狙われるというのは、こんなに恐ろしいことなのか。

続いて2発、3発と銃声が響き、その内の1発は由伸が隠れる木の幹に突き刺さった。
悲鳴を飲み込んで、なんとか自分も銃を握ろうとする。
手が震えて、うまくいかない。

「落ち着け……落ち着け……俺は次元だ……銃くらい扱える……落ち着け……」

必死に自己暗示を繰り返し、なんとかグリップを握り込んだ。撃鉄を起こす。
しかし、由伸が意を決して木立ちの影から飛び出した時には、既に和田の姿は消えていた。


「あぁ、怖かったぁ……」
銃を握ったまま木の根元にへたりこむ由伸に、宮本が近づいてくる。
「おい、無事か? 怪我してないか?」
「はい……、なんとか大丈夫です」
由伸は半ば放心状態のまま答えた。
「宮本さんは、どうしてここが?」
不思議そうに見上げる由伸に、宮本は呆れたように苦笑いした。
「あほぅ。銃声が聞こえたから、すっとんで来たんや」
感謝せぇよ、と言いつつぺしっ頭をはたく宮本に、由伸は破顔一笑。
実際、宮本が乱入してこなかったら、あのまま和田にやられていたかもしれない。
和田が逃げたのは宮本を由伸の仲間と思い込み、二対一を不利と悟ったからだろう。
「ほんまにボケボケしおって、お前はなー。打席に立つ時みたく、しゃんとせぇよ」
言いながら、鞄をごそごそと探る。
あー久々に走ったら喉かわいたわー、
などと野球選手らしからぬことを言いながらペットボトルを取り出す宮本に、由伸はふと疑問を感じた。
宮本は鞄を肩にかけているだけで手ぶらだった。
銃を持って対峙する人間の前に丸腰で飛び込んでくる勇気には脱帽だが、宮本の支給武器はなんだったのだろう。

「宮本さんは、何をもらったんですか?」
「へ?」
「武器ですよ、武器。何も持ってないから」
「あー、それな。お前らと同じ同じ」
そう言って再び鞄を探ると、ラベルも剥がしていない銃を取り出した。
「こんなもん使えへんし、使いたないし、しまっといた」
「……度胸ありますね」
由伸は改めて感服した。
銃を持っていたのに、敢えて丸腰でいたなんて。やはり、この人には敵わない。
「度胸っちゅうか、人殺しなんかでけへんだけなんやけどな」
宮本は少し困ったように笑って、その銃を由伸に差し出した。
「なんなら、お前持っとくか?」
「いえ、自分のありますから。それに、護身用にだけでも持ってた方がいいですよ」
そう言いながらも、差し出された宮本の銃に、由伸の目は釘付けになった。
銃身の先が細く、グリップが異様に大きい。その特徴的な形状は、説明書を読むまでもない。
「ワルサーP38……」
「ん? そういう銃なん? お前、詳しいなー」
感心したように言ってくる宮本に、由伸は今度こそ心の底から微笑んだ。
やった、見つけた。

「あなたが、ルパンだったんですね」

次元は、無事に相棒を見つけたのだった。


【由伸・宮本 D−2、和田毅 D−2からC−2へ移動中】




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