79.臆病者と卑怯者 --------------------



「皆、何処に行ったんですかね…ここまで来て、誰にも会わないってのも恐いなぁ…。」
石井はA−3とB−3にまたがる集落の中を見回しながら、ゆっくりと先を進む相川の後に続いた。
砂浜からここまで海沿いに用心深く歩いて来たが、人はおろか小動物すら見かけない。
「きっと皆、何処かに隠れて様子見してるんだろうな。命かかってりゃ慎重になるだろうよ。
 …入る高校間違えたりしてるお前には慎重なんて言葉、縁が無いだろうけどな…。」
相川は見向きもせずにのん気に返す。ただ、表情は真剣に正面を見据えている。
「や、やめてくださいよ、その言い方。別に、間違えてないし…。」
「嘘付け。本当は浦安の方に入りたかったくせに。」
相川は石井の入部した頃を思い出す。初練習の時、石井は凄い事を言ってのけた。

「大先輩の石井一久さんのような投手を目指して頑張ります!」

あの純粋な少年に、石井一久は姉妹校…浦安の方だぞ、などど誰が言えただろう。
結局あの後誰かが教えてやったみたいだが。頭の片隅に、部員達と爆笑した記憶が残っている。
あの少年も、自分も。もう立派なプロ野球選手。不思議なもんだ。
だが、今は正直それどころじゃない。想い出に浸っている余裕など、無い。
「い、今は東京学館に入って良かったと思ってますよ!?」
「シッ…静かにしろ!」
反論しようとした石井を咄嗟に民家の影へと突き飛ばし、自分も影に隠れた。
何するんですか、と言いたげな石井を横目に、相川は民家の影から少しだけ顔を覗かせる。

「…あれ、村松さんじゃないか?」

相川の言葉に驚いた石井が、地に膝をつけた状態で相川と同じ様に影から顔を覗かせる。
(大男が2人、民家の影からストーカーみたいに顔を覗かせる姿って異様な光景だよな…。)
だが不運な事に、ここには誰もそれに対して突っ込める人間はいなかった。

相川は一つ軽いため息をついて、改めて30M程先に立つ男を見すえる。
背番号23。自分達と異なるリーグの外野手が背を向けて歩いている。こちらには気づいてないようだ。
「今まで何やってたんだろ?…武器は持ってないみたいだし…話かけてみるか?」
「えぇっ?話しかけるんすか?」
意外そうに自分を見上げる石井の言葉が、相川にとっては意外だった。
「話しかけないでどうすんだよ?後ろから襲い掛かれってのか?」
「いや、そんなつもりは…あの、ちょっと…村松さんって、何か近寄りがたくて…。」
ああ、確かに。異なるリーグだし、アテネでもあまり話した記憶が無い。相川は納得した。
内野手ならまだ連携プレー等で話す機会はあっただろうが、外野手。石井が敬遠する理由は分かる。
「けど、そんな事言ってたら、誰にも接触できないぞ。」
相川の言い分も最もだった。この先、誰かに話しかけない事にはどうしようもない。
「でも、話しかけた瞬間に襲い掛かってきたりなんかしたら、どうすんですか?」
石井のマイナス思考――この状況の場合、しょうがないが――に相川は肩をがっくりと落とす。
「お前なー…皆が皆やる気になってるはずがないだろー?」
「そりゃそうですけど…お互い、あんまり知らない人とは行動したくないと思うんすよ。
 気心の知れた人ならまだしも、あまり交流の無い人をいきなり信頼しろと言われても俺は無理です。」
「…それは、一理あるな。三浦さんとか宮本さんとかだったら良かったのになぁ。」
2人はまだ無事だろうか?自分達が島に着いてからずっと沈黙が続いている。それが不気味だった。
「…第一、村松さんって僕らに何の接点も無いじゃないですか。顔恐いし…。」
(…顔恐いのは関係ねえだろ…つーか、お前も人の事言えないし…。)
慎重さと偏見が入り混じっていた石井の発言に、相川は呆れて声が出せなかった。
「無愛想だし、無口だし…あれは絶対、人見知りするタイプですよ!」
(…お前もなー…。)
声に出して突っ込んでいる余裕は無い。相川は改めて村松を見やる。距離はもう50M程だろうか?
「向こうだって、そのうち誰か見つけますよ…固執しなくてもいいんじゃないすか?」
「でも、そいつが村松さんを殺さないとは限らないだろ?突然襲撃されるかも知れないし。」
「う…。」

石井は言葉を詰まらせる。そう。他に危ない人間がいるかもしれないのだ。いや、いるのだ。

「…ここで問題。岩瀬さんと村松さん、話しかけるとしたら、どっち?」

相川の質問に石井は顔を俯かせる。岩瀬の船の中での、あの態度。あの人は恐い。危険だ。
合流した時に真っ先に、岩瀬さんとだけは関わりたくない、と言ったのは石井だった。
「何なら、小笠原さんでも良いけど。」
石井がこれ程真剣に悩むとは思わず、助け舟を出してみるが石井の反応は薄い。
「ちょっと…恐そうな人ばっかじゃないすか。宮本さんとか黒田さんとかにしてくださいよ。」
その発言はいかがなものか。お前、実は殆どの人が駄目なんじゃないの?相川は苦笑する。
「…ま、いいか。お前が嫌なら話しかけるのはやめとく…少し離れてこっそりひっそり様子を見よう。
 誰かと会った時、村松さんがその人を攻撃するようならすぐに逃げればいいし、
 逆に村松さんが襲われても、襲った奴が危険人物だと分かる。武器も分かるかもしれない。
 せっかく人を見つけたんだ。ここで見過ごすのは勿体無い…いいアイデアだろ?」
自分で言葉に自分で頷き、自画自賛している相川に、石井が冷めた目線を向ける。
「それ…あの人を囮にするって事ですよね?卑怯だなぁ…。」
(真剣に人を両天秤にかけるお前の方が卑怯だよ…。)
だが他に良い方法が思いつかない。石井も嫌がってはいるものの、反対はしない。
「…誰かと会った時に何事も起きなければ合流しよう。力を合わせて、島を出るんだ。」

その考えは、臆病者の考えかもしれない。卑怯者だと言われるかも知れない。
だが生きる為には臆病になる事も、卑怯になる事も必要。善人ぶって死ぬよりは、ずっとマシだ。

二人は、いつの間にか集落を出ようとしている村松の後を追いかける事にした。

……………気づかれないように、こっそり、ひっそりと。

【A23村松A−3(集落と道路の接点付近)、A59相川&A61石井A−3(集落内)残り22名】




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