77.足元注意 --------------------



藤本敦士は、注意深く探知機を覗き込みながら歩いていた。
彼が目指すのは、森の中の一つの赤い点。
藤本がこの機械の電源を入れた時から、ほとんど動かない誰かの所在を示す点だった。
地図と照らし合わせてみると、そこは森の中。

やる気になってるならもうちょい動くはずや。
それに、動かないってことは遠くからでも確認できるかもしれへん。

背後から背番号さえ見ることができれば個人の特定は簡単だ。
人の特定を急ぐか逃げ続けるかの二択を悩んだ末、
とりあえず彼が考え出したのが、「安全そうなトコから確認」という折衷案だった。
逃げ続けるにしても、誰が誰だかわかっていた方がいいに決まっている。

移動している点は、自分がたどり着いた時にはいなくなっているかもしれないから×
複数で固まっている点は、先程のように交戦中かもしれないから×

消去法で考え、ほとんど動いていない一つの点をまず確認してみることにした。
本来ならむやみに動き回るのは危険だが、
自分は探知機がある限り常に人と一定の距離を保ちながら安全に移動することができる。
それが藤本に行動を決定させた理由のひとつだった。

この時、藤本はやや油断していた。
赤い点が近づいてこない限り、自分は安全だと思い込んでいた。慢心、といってもいい。
もう少しで目標の赤い点という場所まで来た時だった。

「うわあっ! たっ!」

足元に違和感を感じた時にはもう遅い。
藤本は、踏みしめたはずの地面が抜けるのを感じた。

それは落ち葉で覆われる森の道に仕掛けられた、単純で古典的な罠。
藤本は、落とし穴に落ちたのだった。

穴自体はたいして深くはない。深さは藤本の膝のあたりまでしかない。
足をとられて前につんのめりそうになったところを、思わず探知機を放りなげて地面に手をつきなんとか踏ん張る。
なんとか顔面を落ち葉に突っ込むことは回避できた。

バランスを崩して転びそうになった、ただそれだけのこと。

しかし、予想外の出来事というのは人をパニックに陥れる。
藤本は一瞬だけ恐慌状態になっていた。
それゆえに、自分が悲鳴を上げてしまったことに気づかなかった。

――落ち葉の上に投げ出された探知機が、目標にしていた赤い点が近づいてくることを示している。藤本は、それに気づかない。

穴の中にはご丁寧に水が張ってあり、藤本はくるぶしまで泥水につかってしまった。
靴の中に水が浸入してくる感触がとても気持ち悪い。
屋根のない球場を本拠地に持つチームの一員だし、元々セリーグにはドーム球場の方が少ない。
雨天時にはびしょ濡れでプレーすることも慣れているし、試合に集中していれば濡れることなど気にならない。
けれど、やはりこの不快感は嫌いだった。

「なんなんや、最悪や〜」

藤本は慌てて穴から足を抜くと、水びたしのスパイクを脱いだ。
支給されたばかりの真新しいスパイクとソックスは、泥水を吸って水分と細かい砂に侵食された情けない有様になっていた。
せめて替えのソックスはないかと鞄を漁ってみるが、あいにくそんな気のきいたものは用意されていなかった。

――探知機の中の赤い点は、徐々に藤本に迫っている。藤本は、まだ気づかない。

ソックスを両方脱ぎ、鞄の中から見つけたタオルでなんとか靴とソックスの水気を取ろうと努力してみる。
新品だけあって、スパイクの方の撥水性はなかなかだった。
タオルで包んでとんとんと叩いただけで、だいぶ水分を追い出せている。
作業の間、彼はずっと落とし穴の側の木に背を預けて座りこんでいた。
すぐ側に、つい先ほどまで熱心に覗き込んでいた探知機が落ちているが、今はそれを確認することを失念している。

――探知機の中の赤い点は、藤本のすぐ側まで来ていた。藤本は、それでもまだ気づかない。

同じ要領でソックスもやってみる。
タオルが靴とソックスの代わりにびしょ濡れになった頃、なんとか水気は取れてきた。
あとは歩きながら乾かそう。
まだ湿っているソックスを履き、左足のスパイクの靴紐を結ぶ。

――その時、藤本を示す25の点と、近づいてきた赤い点がほぼ重なった。

「おい」

ふいに頭上から降り注いだ声に、藤本は顔を上げた。
片膝をつき、片足はソックスという間抜けな格好のままで。

「猿も穴に落ちるってとこだな」

茂みの奥から姿を現し、無表情に藤本を見つめる金子誠の第一声はそれだった。

【藤本・金子 G−2】




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