76.分かれ道にて --------------------



 飛ぶ雲 飛ぶ声 飛ぶボール〜
「・・・。」
 見晴るかす 神戸 〜
「・・・・・・。」
 玄界灘の 潮風に〜
「・・・・・・・・・。」
 小林雅英はT字路で立ち止まり、後ろを歩いている清水直行へと振り返った。
「・・・ナオ、それって、新手の宗教かなんかか?」
「あ、いや・・・、正直しんどいから歌でも歌っとこうかと・・・。」
 ジャンパーを羽織ってほとんど空のカバンを背負い、
 顔色が悪いながらも笑顔をつくる清水の様子を見て、小林は少し笑った。
「・・・しゃーない、ちょっと休憩な。」
 小林はT字路の角の草むらにカバンを下ろすと、清水を手招きする。
「マサやん、他のチームの応援歌ってどれだけ知っとる?」
 清水は小林からペットボトルを受け取りながら聞いた。
「えっ・・・、空で歌えるのは、ジャイアンツと、阪神と、ウチのぐらい?」
「俺、パリーグの全球団と六甲颪ならほとんど歌えるよ。」
 清水は一口水を口に含むと、一つ息をついた。
「ラッキーセブンのときに、スタジアムで流れるっしょ。」
「あ、そうか。」
「俺、先発だからさ。・・・相手の応援歌を聴いてると、『よっしゃ、後三回や』って気合が入るねん。」
「俺クローザーだからなぁ。あんまりそういうの覚えてないや・・・。」
 小林はポケットから地図を出して眺めた。「今いるのは、このあたり。」
 指差した位置は、E-3,E-4,F-3,F-4が交差するT字路だ。「とりあえず右に行けば、集落があるな。」
「なんや、もう少しやんか。」
 清水は隣から地図を覗き込み、ホッとしたような声を上げた。
「サクサク行って、サクサク傷の手当てしよ?」
「・・・さっきまでしんどい言ってたのは誰だよ?」
「あ、俺や。」
 清水の言葉に、小林はあははは、と笑った。それにつられて清水もははは、と笑う。
「・・・ちなみに、隠れてるの分かっとるよ?」
 小林はそっとカバンの上に置いたブローニングに手をかける。
「誰? さっきから居るようやけど?」
「・・・全く、何やってるんだ。」
 背の高い草むらの影から姿を現したのは、小笠原道大だった。
「うわ、ガッツさん!」
 清水が目を丸くしてぺこぺこ頭を下げる。「ため口聞いちゃってホントすんません。」
「まあ、こんな状況だから仕方ないよ。」
 小笠原は肩をすくめて言う。「で、これから何処に行くんだ? 診療所、とか言っていたが・・・。」

 どうして、彼らの前に姿を現す気になったのか、小笠原自身も分からなかった。
 ただ、こんな異常な状況の下でも笑っていられるということに惹かれてしまったからかもしれない。
 この二人を見ていると、今離れている金子誠のことが気にかかる。
 金子、・・・。

 小笠原の自問は、小林の一言で現実に引き戻された。
「・・・で、清水が誰かに撃たれたんですよ。」
「誰か?」
 小笠原の問いに、清水はお手上げ、といった風情で両手を挙げる。
「後ろから、突然撃たれてしまって・・・。」
 清水はうつむいた。
「俺、怖くてその場から逃げちゃったんですよ。きっと、・・・撃った人、俺のこと探してると思います。」
「・・・まさか。」
「しとめるために。・・・とは思いたくないですけどね。まあ、小林さんも居るし、なんとかなると思てますけど。」
 清水は小林をちらっと見やる。
「一人より、二人。二人より、たくさんですわ。」
「小笠原さんも、途中まででも一緒に行きません? 一人よりたくさんのほうが何かといいですよ、きっと。」
 小笠原は小林の申し出に目の前の二人を交互に見た。
「一つだけ、質問させてくれ。」
 小笠原は一つ息をついた。
「もし、撃った奴が目の前に現れたとしたら、・・・お前らどうするつもりだ?」
「俺は、清水を守りますよ。」
 小林は頭をかいた。
「今まで辛いこともいいことも一緒に乗り越えてきた奴ですから。置いていけないッスよ。」

「・・・俺は、撃った奴と話しますわ。」
 清水は小笠原をまっすぐ見た。
「何かがあって、きっと撃ったんだと思いますし、もし行き違いだったら誤解を解いておきたいです。」
「・・・会った瞬間撃たれるかもしれないぞ?」
「・・・そんときは、そのときで。本当に俺、こういうときだからこそ、人を疑いたくないんですわ。」
 小笠原はしばし考え、笑みを浮かべた。
「そうだな、とりあえず診療所までは一緒に行くよ。」
 小笠原の答えに、清水と小林がホッとした様子で互いを見やる。
「じゃ、・・・仲間ですね。よろしく頼みます。」
 清水は小笠原に右手を差し出した。
「こちらこそ、頼むよ。」
 小笠原もがっちりと握手を返した。

「さて、仲間も増えたことやしファイターズ賛歌でも歌うかぁ〜。」
 清水の言葉に、小林はややげんなりした様子で言った。
「歌うのはいいが、小笠原さんに少しは遠慮しろよ? さっきから歌詞しかあってないっぽいからな。」

【A2小笠原,A11清水,A30小林 現在地 E-4】




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