75.大きな子供 --------------------



背後からゆっくりと近づくにつれ、ぼやけた人影は段々と鮮明になる。
(あれは…和田じゃないか。)
見えた人影はホークスの方の和田であった。由伸は茂みから様子を窺うが、
和田は木の根元に座り込み、頭を抱えながらガチガチと震えている。
(…誰かに襲われたのか?…いや、あの銃声の被害者は清水だったはず…)
だが、茂みの隙間から見える和田は、撃たれた清水の様子と比べ物にならないほど、
恐怖と苦痛に顔を引きつらせるような、悲痛な表情であった。
(何にせよ…放っておけないな…)
どういう理由か分からないが、仲間である選手が恐怖と悲痛で苦しんでいる。
それは声をかけるのに十分な理由であった。
「…おい。」
「…!う、うわぁぁっ!」
そっと茂みから姿を現した由伸が視界に入るなり、和田は悲鳴を上げ、さらに震えだす。
「…大丈夫だ。俺に殺意は無いよ。」
銃を構えては余計に混乱させるだけであろう。由伸はS&Wを後手に持つ。
「く、来るな!信用できるもんか!誰も…誰も信用できるもんか!」
信じて疑わなかった城島にさえ、冷徹に突き放されたのだ。
もはや誰も信用などできるわけがない。
「…とにかくさ、落ち着け。な、大丈夫だから…」
まるで子供をあやすような口調で由伸は言う。
要は一番上の兄の幼い姪っ子をあやす感覚で接すればいいのだと。
「……」
少しは落ち着いてきたのか、和田はじっと伺うように無言で由伸を見上げる。
「そうだ…冷静になるんだ。何があったか知らないけど…」
言いかけた由伸は和田の手元を見るなり、ハッと目を見開いた。
そして微かに銃口が煤けている拳銃に釘付けになる。
「…!」
見られた…目を見開く由伸の視線の先にある己の銃を掴むと、
和田は立ち上がるなり、由伸に銃口を向けた。
「まさか…お前が清水を…」
言いかけたと同時に、失言だったと慌てて由伸は口を噤む。
だが時既に遅しで、和田は再び混乱で目を光らせる。
「清水さんだったんですか…。そうですよ…俺が撃ったんです…」
悲鳴の主は清水であった。そして目の前の由伸はそれを知ってしまった。
「試し撃ちのつもりだったんだ!本当に、軽い気持で…
そ、それが…清水さんに当たってしまった…俺は、俺は…殺す気なんか…」
ガクガクと足を震わせながらも、銃口を向けたままの和田に由伸はため息をつく。
「…分かってる。殺す気満々の奴がそんなに怯えたりするもんか。」
だから和田の言う通り、不運な事故だったのだろう。
「う、嘘だ!あんたは俺が清水さんを撃ったと広めるつもりだ!」
「そんなことしねぇよ。お前は殺す気なんか無かった。それが分かれば十分だ。」
あの銃声は仲間が仲間を殺そうとしたものでは無かった。
それは由伸を安堵させた事実だったが、肝心の和田はさらに瞳を歪ませる。
「あんたに知られてしまった…だから…口封じしないと… 敵が増える…そう言われた…」
「誰がんなことを…随分と極端な事を言う奴だな…」
「自分のやった事のケリくらい…自分でつけろって…だから…」
悲痛な面持ちのまま、大きく拳銃を揺らしながらそれでも由伸向け、構える。
「だから…あんたを始末する!」
「えぇ!?いきなりかよ!…ちょっと待てって…」
S&Wマグナムは後手に握ったままであり、構えようものならさらに混乱させ、
発砲されかねない。かといってこのままでも危ない。
(もしかして今、すごくヤバくねぇか…?)
放っておけないと声をかけたつもりが、いつの間にか大ピンチである。
幼い姪っ子よりも聞き分けがない大きな子供相手に由伸はため息をつくのであった。

【由伸・和田毅 D-2】




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