74.幸運の裏表 --------------------



松坂大輔は途方に暮れていた。
彼にしては珍しい心境といっていい。
理由は、目の前にある機械の群れ。
彼が最初に目的地と定め、足早にたどり着いたのは学校の放送室だった。

おそらくこの小さな島では、学校は災害時の避難所として使われたはず。
ならば、島全体に放送を流すことのできる設備があるのではないか。
彼はそう思ってこの場所に来た。
殺し合いが始まってしまう前に、ゲームに乗らないよう、ゲームを潰すよう皆に呼びかけることができれば……。
そう考えていたのだが、どうやら自分の目論見は甘かったようだ。
放送室には、素人目にもなかなか立派な放送設備が揃っていた。しかし、肝心の電源が入っていないのだ。
「なんで電気来てねえんだよ〜!」
腹立ち紛れに備品を蹴りつけてみても、ご立派な機械群は松坂をあざ笑うようにウンともスンとも言わない。
「せっかく急いで来たのにムダ足かよ、くそっ!」
くじけかける心を無理やり奮い立たせるように、松坂は悪態をつく。
怒りはまだ持続しているが、そのやり場のなさに困ってしまうのも事実。
松坂は、ジャンパーのポケットにとりあえず一個だけ入れておいた自分の武器を取り出し、軽くため息をついた。
それは無骨な深緑色。
自分がふだん握っている白いボールとは全然違う、人の命を奪うためのタマ――手榴弾であった。

「なんでこんなモンが当たるかなぁ」
投手である自分に“投げる”武器が当たったことは、幸運なのだろうか。
手榴弾というのは殺傷力はあるが、使い勝手の悪い武器だ。
ゲームに乗らない自分には、どちらかというと不運な武器であるような気がする。
これで誰かを爆死させることなど考えたくもない。
威嚇として使うにしても細心の注意が必要だ。
息巻いて訪れた放送室の機器が使い物にならなかったことといい、この武器といい。
「俺、ひょっとしてついてなくね?」
思わず自問してしまう松坂であった。


しかし、彼自身は気づいていなかったが、松坂は実は幸運だった。
彼は島に着いてすぐに――しかも大通りを人目もはばからず早歩きで――学校を目指したことで、
一番最初にこの場に着いた人間となった。
彼は施錠のされていなかった正面玄関から堂々と入り、鍵をかけた。
そして、そのあとは放送室にやはり鍵をかけてこもりきりだったのだ。
自分が通った二つの扉に鍵をかけてきたことは、さしたる理由があってのことではなかった。
年上でしっかり者の新妻に「戸締りはきちんと」と口を酸っぱくして言われてるせいだったかもしれない。

それにより、後からここを訪れた者は先に入った松坂の存在に気づけなかった。
松坂のいる部屋の特殊性も幸運に作用した。
防音加工がされている放送室は、中の気配を外に漏らさない。
そして、放送を目的とする者以外は、放送室には用はない。
ここには武器になりそうな物も、それ以外のサバイバルに役立ちそうなものも何も置いていないのだ。
あるのは電力の通っていない今となっては、無用の長物となった放送機器の類だけ。

だからこそ、松坂は幸運にも見逃されていたのだ。
自分のすぐ前に島に着いた男。そしてすぐ後に学校に着いた男。
奇しくも彼と同じ名を持ち、まったく違う目的でこの場所を選んだ男。
今のところただ一人自らの同胞を殺し、恐るべき狙撃手となり果てた男――三浦大輔に。


【松坂現在位置 H−4】




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