71.ネクストバッターズサークル --------------------
銃声が彼方から聞こえる。
誰が撃ったものなのか。
誰が撃たれたものなのか。
雑木林を抜け、小高い山の中で身を隠した福留孝介が、はっと顔を上げた。
赤いハートが並んだトランプ。
船の中でそれを受け取った時には、やはりゲームは余興の一環なんだと思った。
例え島に放り出されても、心の何処かで「嘘だ」と思っていた。
あの夏を一緒に戦った彼らと殺しあうなんて。
だが、木立の中で身を隠し開けた鞄の中には、青光りする刃物が入っていた。
よく研ぎ澄まされたそれは、使ったことはなくともよく目にする刺身包丁だった。
行きつけの寿司屋の奥で、大将が鮮やかに魚を捌いていた。
まるで滑るように。
自分には、それで人を殺せと?
日本の刃物は押して切るものではない。
滑るように引いて、切るものだ。
普通の包丁よりは長身で細い包丁を、誰かの体に滑らす自分の姿を思い浮かべる。
自分と同じユニフォームを着た、誰かを。
出来るか?
出来るのか?
幸い、一番に島に上陸した福留には、時間があった。
考え込む時間が、赦されていたのだ。
そして、腹を括った。
人を殺したいわけではない。誰かを傷つけるのが好きなわけではない。
決して。
だが、それが「ルール」なら。
例えば3つアウトを取られれば、チェンジになるように。
誰かを殺して自分が生き延びること、それがこの「競技」の「ルール」なのだ。
自分が積極的に参加したものではなくとも、放り込まれてしまった以上、ルールは遵守すべきものなのだ。
生きて帰る。
必ず、生きて帰る。
やり残したことがあるから。
メジャーなんてどうでもいい。そんなことじゃない。
ただ、優勝したいんだ。日本一になりたいんだ。
否、日本シリーズの打席に、立ちたいんだ。
ただ外から見守ることしか出来なかったあの打席に、あの場所に。
だから、誰を殺してでもいい。
必ず生きて帰る。絶対に。
福留は獲物がやって来るのを待つ。
己の武器が決して強力ではないことを知っているから。
山の中へと迷い込んでくる獲物を、じっと待つ。
戦いは、攻め込むよりも守りを固めて潜んでいる方が強いのだから。
守りの、福留。
獲物までもう少し。
【A1福留孝介 現在位置−C−6】
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