69.NO TITLE --------------------



由伸は黙々と砂浜に名前を書き続けていた。だが、それは森の方から乾いた音…銃声によりピタリと止まる。
「!今のは…」
こういう時、人は逃げるか、そこに向うかのどちらかの行動を取るものであるが、
由伸は後者であり、砂浜を蹴り付けるように全力疾走し、森に向った。
(誰だ…誰が撃たれたんだ…?)
撃った奴より前に誰が撃たれてしまったのか…そちらの方が気になり、頭の中で選手達の顔が駆け巡る。
(…ここからそう遠い場所じゃないはずだ。)
静かな森の空気でトーンダウンしたように、由伸は冷静になると、そっと歩き出す。
ほどなくして人の気配を感じ、思わず木陰に身を隠す。
(あれは…小林さんと清水…撃たれたのは清水だったか…)
前方に見えるのは小林雅英と清水直行であった。
小林がその傷口を縛っていたとこから、清水を狙撃したのは他の既に姿が見えない何者かだと分かった。
(…命に別状無いようで…良かった…)
様子を伺うのみで姿を現すつもりはなかった。信頼しあうチームメイト同士…それは羨ましい事であった。
(…行ったか?)
信頼しあう彼らに割り込むつもりなどなかった。
ゆっくりとその場を去っていく小林と清水を木陰から見送ると、由伸も少し遅れて歩き出し、スッとキャップのツバを触る。
「…ん?」
偶然深めにかぶってみて気がついたが、視界が狭まる事で何かシャープな光景に見え、思わず足を止めた。
「単純な話しじゃないか…」
自分は野手だ。
こうして帽子の代わりにヘルメットをかぶり、
速い直球、えぐるように曲がる球を見極め、バッドで打つという仕事を毎日やっているのだ。
(言ってみりゃ…毎日コイツをスコープ代わりにしてるようなもんだ。)
かなり強引な理論でだけどな、と苦笑する。
(球を打つ感覚で…弾丸を放つ…か。)
それに気がつくとふいにブルリと震える。
それまではこの銃に対してピンとくるものがなく、まるでおもちゃを持っているような感覚でしかなかったが、
いきなり冷たくずっしりと重い物質に感じ…由伸はじっとS&Wマグナムを見る。
「…行くか。」
襲ってくる底知れぬ冷たい恐怖から、思わずS&Wを投げ捨てたい気分になるが、それを抑えるようにつぶやくと再び歩き出す。

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暫く黙々と歩いてみたものの、視界に入るのは生い茂った木々ばかりである。
(…誰が信頼できるか…考える暇無いまま来ちゃったからな…)
思案する前に、聞こえた銃声に思わず駆け寄ってしまった自分に苦笑しながらも、考えながら動くことにしようと気を引き締める。
(…上原。)
本当なら一番信頼し、真っ先に探すべきであろうチームメイトを由伸は複雑な面持ちで思いだす。
自らを雑草と言い、不満や疑問を躊躇することなく吐露する上原は、
正直な性格とも言えるが、感情垂れ流しの子供とも言えた。
そんな上原は嫌いではなかったし、しょうがないなと苦笑混じりの好感さえ持っている。
(それがあいつのキャラだしな…正直なのは良いことだ…
 あいつならどんな状況でも自分の意志通りに進もうとするだろう。でも…)
その彼の「意志」というものが自分の「意志」と違うのではないか…何かそんな予感がして、踏みきれないのだ。
(あいつは何を目的として…生き残る「意志」を進めようとするんだろう…)
由伸の中の何かが「違う」と言っているのだ。上原と自分の意志は徹底的に違うものだと、まるで警告するように鳴り響く。
(あいつとは求めるものも…考える事も違う気がする…)
それが野球の上でなら構わない。
だが、この状況ではそれが悲劇になりかねないのだ。そういった嫌な予感がどうしても消えてくれない。
それは何やら泣きそうになってしまうほど、悲しい予感であった。
(一緒に行動する、ということは信頼しあえるということだ…)
既にヤル気になっている者もいる…そんな状況で共に行動できる者…同じ意志を持つ者は…由伸は考え込む。
「あとは…」
思案を巡らせようと足を止めた時であった。
「…!あれは…」
足を止めた途端、前方からちらりと人影が見える。
そのまま無視する手もあるであろうが、とりあえず誰か確認くらいするべきだと頷く。
(ったく…考える時間がねぇな。)
あの選手はどうだろう?
どうしているだろうとさえロクに考える間もなく銃声が響いたり、人影が見えたりと何やら落ち着かず、ため息をついた。
(とりあえず行ってみるか。)
気がつかれないように、ソロリソロリと気配を消しながら、由伸はゆっくりと人影に近づくのであった。

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