67.夢を取り戻せ --------------------



谷佳知に渡されたのは、何の変哲もない金属バットだった。
本来なら夢をつかみ、また夢を与えるための道具であるバット。
しかし今、夢を掴むためでも与えるためでもなく、共に戦ったチームメイトの命を奪うためにこのバットを握らされている。

昔からプロ野球の世界を夢見てがむしゃらに練習した。
社会人からプロの世界に飛び込み、「オリックスに谷あり」と言われるほどの選手になることができた。
日本代表に選ばれ、少年時代からの憧れのスターであった長嶋茂雄の下で戦うことになった時は天にも昇る気持ちだった。
「夫婦で金メダル」という周囲からのプレッシャーさえ当時の彼にとっては快感だった。
しかし、追い続けた夢の先に待っていたのが、まさかこの名も無き島での殺し合いだったとは…
あの日、オーストラリアに負けた瞬間彼らの運命は変わってしまった。
彼が内野ゴロに打ち取られ、最後の打者になった瞬間に。
ムービーの最後にも写っていたあの瞬間のことは、半年経った今でもはっきりと思い出せる。
今での目を閉じるたびにあの光景が脳裏に浮かんでくる。この状況だから余計に鮮明に浮かんでくるのかもしれない。

確かに自分たちは勝てなかった。誰より悔しいのは自分たちだ。ましてや最後の打者だった自分は尚更だ。
しかし日本代表としての誇りを胸に、全力で戦ってきた。はっきりそう言い切れる。
だがゲームの主催者たちは、彼らの誇りを、人生を、そしてプロ野球をにべも無く踏み潰そうとしている。
高みの見物をしていただけの彼らが、望んでいた色のメダルが得られなかったという、それだけの理由で。
谷にはそれが許せなかった。

「一体誰がこんなゲームを…」
分かったところでゲームが終了する訳でもない。余計な思念は命取りだ。だが考えずにはいられなかった。
ゲームを指揮する星野も誰かの指示に従っているだけだろう。
思い当たるのは…二人か。こんなことを思いつくのは彼らを置いていないはずだ。
「たかが選手が」と言い放った在京球団のオーナーと、「経営のため」と称してスター選手を何のためらいも無く捨て、
さらに合併・1リーグ化を強引に進めプロ野球を解体しようとしていた彼の球団のオーナーの顔が浮かんだ。
…考えただけで虫酸が走る。彼らにプロ野球を踏みにじらせるわけには行かない。

とりあえず、やることは決まった。
「こんな馬鹿げたゲーム、絶対に止めてやる」
既に誰かが発砲している。ゲームに乗った選手も少なくないはずだ。
しかし何としてでも止めなければならない。
プロ野球を再び選手とファンの手に取り戻す。そのためにはまずこのゲームを壊さなくては。
だから、もしゲームに乗った奴に会ったらそのときは…

谷は島の中心に向かって歩き始めた。




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