64.手作り探知機 --------------------



藤本敦士はただただ森の中を必死に駆け抜けていた。
正面と、手に持っている板状の小さな機械の画面を交互に見て戸惑い無く駆け走っていく。
両手で持つ機械の画面には、地図と赤い点が点々と表示されていた。
赤い点はまったく動かない物もあれば、激しく移動する物もある。
…よし、この辺には誰もおらんな。
森を抜けた平地で立ち止まって額から垂れる汗を拭い、辺りを見回す。
人の気配は全く無い。藤本は改めてその機械を見やる。
薄くて小さい割にはズッシリと重いその機械が、藤本に支給された武器であった。


話は数十分前に遡る。

藤本はボートを降りるなり、砂浜を駆け上がり森に身を潜めていた。
その表情に、数時間前に星野に対しておどけて見せた面影は一切無い。
(死にたくない。殺したくない。誰も殺さずに島から脱出して生き延びたい。)
その為にはまず自分の武器が何であるかを知る事だ、と思った藤本は必死で鞄を漁りはじめた。
鞄の中に入っていた武器は、単3電池4本と説明書と共にエアーキャップの袋で丁寧に包まれていた。
それを乱暴に取り出すと一枚の白い紙がはらりと地に落ち、書かれていた丸文字が目に入ってくる。
【『首輪探知機』ラッキーアイテムです!これで危険な奴が一目瞭然!予備の電池もオマケ!】
10cm四方の画面の右脇には、上から小さな十字キー、「拡大」「縮小」「決定」のボタン、
そして1から9の数字が記入されたボタンがズラリと並ぶ。
試しに機械の電源を入れてみると、画面上に地図と赤い点が点々と広がった。
海にある赤い点が海岸に近づいてきている事から、赤い点が選手を示している事は分かった。だが。
(…どれが誰か全然わからへんやん…ん?)
自分のいる所の比較的近くに3つ程、赤い点が集まりかけている所がある。
(集まるって…普通、何の相談も無しにこんな短時間で集まれるか?)
何の相談もできそうになかったあの状況。こんな短時間で集まるのは少し不自然に思えた。
だが、もしかしたら落ち合う約束でもしてたのかもしれない。あの船の中で。
あんな中でも冷静な人っていたんやなぁ、と変に感心してしまう。

よし、自分も仲間に入れてもらおう。そう思って近づいた矢先……。
(何で、いきなり撃つねん!)
突然放たれた銃声と人の悲鳴にビビって、一目散にそこから走り出した。

そして、今に至る。

(よくよく考えてみたら…交戦中って場合もあるんやよなぁ…アホや俺…。)
自分の浅はかなで単純な思考に溜息が出る。もっとよく考えるべきだった。
(誰が撃ったのか分からんけど…、撃たれたのは多分…清水さんやよな?)
悲鳴を思い出す。地味な印象はあったけど、喋ると結構面白い人だった。
(死んでないといいな…撃たれたら痛いんかな?痛いんやろうなぁ…。)
頭の中で不安と同情が巡る中、もう一度画面を覗く。十字キーで、先程のエリアを指定する。
赤い点は一つだけになっていた。それが誰なのか、藤本には分からない。
(何がラッキーアイテムや!誰か分からんと、何の意味もないわ!!)
探知機を地面に叩き付けたい衝動に駆られるも、理性がそれを止める。
赤い点だけでも、自分の近くに誰かがいたりする事は分かる。
逃げるという点では。様子を見るという点では、それは何物にも代えがたい利点だ。
藤本は思い直して再び画面を覗く。今、どれ位上陸しているんだろう、と縮小ボタンを押す。
地図の全体図を見ると、もう殆どの選手がが島に上陸しているのが分かった。
(ん?何や?赤い点にカーソルが…。)
動かせるかな?と十字キーを動かすと、カーソルは別の赤い点に移る。
「…もしかして、これって…。」
藤本はエアーキャップの袋に残した説明書を取り出して、読み込む。
説明書というにはあまりにも薄いそれに書かれた文に、藤本は驚愕した。

《全体図にすると、カーソルが表示されます。点に合わせて決定を押すと入力部分が表示されます。
 数字を記入して再度決定を押せば、点は記入された数字になります。》

「早よ言えって!そんな事!!」
藤本はがっくりと項垂れた。すぐ説明書を読まなかった自分が悪いのだが。
もっと早く気づいていれば少なくとも3、4つの赤い点の正体を判明させる事ができただろう。
(…TVゲームする時にいちいち説明書なんて読まへんから…悪い癖が出たなぁ…。)
これは確かにゲームだ。だが、画面の向こうに表示される何のリスクも無いTVゲームではない。
現実の中で行なわれる、常に命の危険を伴うサバイバル・ゲーム。もっと慎重になるべきだったのだ。
この首輪探知機を完全な物にする為には、数多くの赤い点に近づかなければならない。
とりあえず自分の点を背番号に変えてみる。赤い点だらけの中の25は酷く空しく見えた。
…何やっとんやろ、自分…。
どんなエラーよりも痛烈な失敗に、どうしようもない後悔を感じていた、その時。

『おい、お前ら!聞こえとるか!?今、最後の選手が島に上陸した。これから本格的にゲームスタートや!
 死亡者や禁止エリアは次の…今から6時間後の放送から発表していく。聞き逃すなよ!』

星野の声が何処からともなく聞こえてきた。きっと島にはいくつもスピーカーが設置されているのだろう。
(アホか!そんな大声で叫ばれたら聞き逃す方が難しいやろ!)
実際に星野に向かって言ったら殴られそうやなと苦笑いしつつ、藤本は汗に滑る指でカーソルを動かす。
星野の声をこれ程有り難く感じた事は、2003年のシーズン中だってなかった。
今、海岸にいるのは、一人だけ。これは間違いなく最後の上陸者…石井弘寿だ。
(…確か、あいつはヤクルトの時と同じ…61だったはず。)
アテネ五輪の時のユニフォーム姿の彼を思い出して確認する。そして入力する。
海岸の赤い点が61に変わるのを見て、藤本は重い溜息をついた。

先程のように危険の中に飛び込んで、一つ一つ赤い点の正体を突き止めていくべきか。
危険を避け、赤い点から逃げ続けて様子を見るべきか。

本格的にゲームがスタートしたと同時に、藤本は2択を強いられる事になった。




戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送