59.ある投手とある捕手 --------------------



「次、30番小林。」

星野の声が耳に届く度、石井は自分の顔がどんどんこわばっていくのが分かった。
この場に居るのは自分を入れて4人だけ、その上一番最後に出発とあって思わず自分の背番号を呪う。
もう少ししたら、俺もあの場所に行かないといけないんだ。
絶対に人なんか殺したくない、人を殺した手で悠太や麻美子に逢いたくない・・・。
下を向いたまま、石井は自分の手を見た。
今まで数多くの強打者をねじ伏せてきた左手は、自分の意思とは関係なく小刻みに震えている。
あぁ怖いんだ、だって怖い、死ぬなんて嫌だ、もっと子供と遊びたい、もっとスワローズのユニフォーム着て投げたい・・・・。

「おい、ゴリ。」
青ざめた石井の表情を見て、隣に立っていた相川は声を掛ける。
同じ高校の後輩であり、そして捕手として石井とバッテリーを組んだこともある相川。
そんな事もあって、このゲームの開始を告げられてからずっと石井のことを気に掛けていた。

「はっ・・・はい?」
石井が焦った様子で振り返った。
相川は横目で舞台上の星野を確認した、大分疲れているのかこっちの方を見ていない。
チャンスと思うと、そっと石井の耳に口を寄せる。

『大丈夫か。』
『・・・・・大丈夫です。』
しばらく間があり、石井が返答した。
大丈夫じゃないだろう、と心の中で思いながら相川はさらに声を潜めて話す。

『お前、このゲーム乗る気か?』
その瞬間、石井がぽかんとした表情になったのを見て、相川はさっきの自分の言葉に否定のサインを入れた。
石井の表情がまた焦ったようなものに変わり、
『乗るわけないじゃないですか!』と言うのを聞いて、改めてそのサインが正しい事を確認し。
そして、話しかける瞬間まで考えていた言葉を告げた。


『俺と、組まないか?』

また石井の表情が変わる。
それは色々な感情が一気に顔に出たのかなんとも不思議な表情だった。
見ようによっては唖然とした表情、また見ようによってはまだその言葉を信頼していないような表情に見えた。
それでも相川は希望を持った瞳で石井を見ていた。
捕手は投手を信頼しなければ成り立たないポジションだと、かつて先輩であったある捕手に言われたからだ。
そんな考えがこのゲームで通用するのかどうかはまだ分からないが。
石井は悩んでいた。
相川が心の底から自分を信用しているか、本心はどうなのかと分からなかったからだ。
もしかしたら利用するだけして殺されるかもしれない、もしかしたら人を殺すことを手伝わされるかもしれない。
どうすればいいのか分からなく口をつぐんだままでいる。
左手の震えがさらに激しくなったのが分かった。

『嫌なら、別に・・・』
そう言って相川は引きつった笑顔を見せた。
それを見て石井ははっとした。
怖いのは俺だけじゃないんだ、相川さんだって死にたくないし怖いって思ってるに違いない。
そう感じるや否や、即座に「組みます!」を潜めたにしては大き過ぎる声で言った。
すると星野の視線が自分の背中に突き刺さったのを感じて、石井は慌てた様子でわざとらしい咳をして誤魔化そうとする。
ちらりと舞台上の星野を見ると、ちょうど時間が来たのか残っていた和田の名前を呼んだ。
次は相川の名前が呼ばれる。

『それじゃあすぐにお前見つけられるとこに隠れてるから。待ってる。』
石井はきりりとまっすぐ前を見据えている相川の瞳に、自分のチームの大黒柱と言われる人物の顔を思い出していた。
そういえば彼も自分のことを信頼してくれていた、自分も彼のことを尊敬あるいは信頼していた。
信頼しあってこそバッテリーは1+1=2以上のものを手に入れられる、といったのも彼だったか。
気がつくと左手の震えは消えて無くなっていた。

『分かりました。相川さんのこと信頼してます。』
潜めた声ではあるが、はっきりと石井は言った。
最後の一言は自分でも考えない内に出たのか自分自身驚いていた。
相川はその言葉を聞いて安心したように少し目を優しくした。

『ありがとう。』
そしてそう言うとバックを肩に掛け、まっすぐ舞台上の星野を見た。
石井はこの時ばかりは自分の背番号に感謝した。
たった一人とはいえ、自分を信頼してくれているであろう人物がいることを知ったからだ。

「・・・次、59番相川。」
「はい!」


凶気のゲームが始まるまで、残り5分を切った。




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