56.頼りすぎ --------------------



「ジョーさん!」

砂浜付近の森の中で彼の姿を見つけるなり、和田毅は歓喜の声を上げた。
呼ばれた城島は無言で己の口に人差し指を添えて和田に沈黙を促すと、双眼鏡で海岸を覗く。
その表情は試合でマスクを被っている時と同じように、真剣そのもの。
和田は辺りを慎重に見回しながら城島に近づき、すぐ傍の木にもたれかかって座り込む。
「ああ、良かった。俺さっきまで凄く不安だったんですよ。何処かで銃声はするし…。」
歩いた距離はさほどでもないはずなのに疲れきった顔をしているのはその不安のせいか。
「でも、ジョーさん見つけて安心しました。」
信頼できる人を見つけたという安心。城島ならこの状況を何とかしてくれる、という期待。
和田の言葉は城島に対する期待と信頼で溢れていた。
「…俺の武器がこれでもか?」
和田に振り返った城島が手に持ったのは、双眼鏡。それは正直「武器」とは呼べない物。
「ここからならボートを降りる選手の一挙一動、表情までよく分かる。」
「便利ですけど武器じゃないですね、それ。でもそんな物で見てたんなら、
 俺が上陸した時に近よってきてくれれば良かったのに。」
そうしてれば、不安の中、森を彷徨う事も無かったのに。と心の中で付け足す。
「お前がやる気になってないとは限らないからな。」
そう言って再び海岸を覗く城島の言葉を、信頼されてないなぁと軽く受け流す和田。
そういえば、俺の武器は何だろう?と鞄に付けられた錠をはずして中を漁る。
一人きりで鞄を開ける事が恐くて今まで開ける事ができなかった鞄。
水が入ったペットボトルや地図を掻き分けると、金属の塊が手にあたった。
多分これが武器だな、と一気にそれを鞄から引き上げた瞬間、目を疑う。

「………ピストル?」

詳しい名称など分からないが、それは明らかに銃の形をしていた。
一人の時に鞄を開けなくて正解だった、と和田は大きく息を吐いた。
城島に会う前に開けていたら、きっと激しい不安に襲われていただろう。
それでなくても、先程聞こえた銃声にずっと怯えながら城島を探していたのだから。
だが頼れる仲間を見つけた和田は冷静さを取り戻していた。
これは、誰かを殺す為の道具じゃない。そう、自分達の身を守る為の道具。
そう考えると、胸の中に篭る黒い靄がスーッと晴れていくのが感じ取れた。

…やる気になってる人がいたら、これで応戦できるかな?
和田は十数メートル先に見える木に対して片手で銃を構えてみる。
…うん。俺、結構サマになってるんじゃない?鏡があればいいのになぁ。

「そんな物で遊ぶんじゃない。」
和田がポーズを決めてニヤつく姿を見て、城島が呆れたように呟く。
「心配しなくても、撃ったりしませんよ。」
小さな声で撃てるはずないじゃないですか、と付け足す。
だが滅多に手にする事のできない「武器」に、好奇心はかき立てられる。

…1発位、撃っても大丈夫かな?

駄目だと言われる事をやりたがるのは、人間のしょうもない性か。
様々な言い訳を考えながら、銃を見る和田の目はどんどんと輝いていく。
先程だって銃声があった。あれもひょっとしたら誰かの試し撃ちかもしれない。
たとえ誰かを撃った音であったとしても、自分もいつか撃たねばならないかもしれない。

…どんな感じなのか確かめた方がいいよな。ほら、銃を撃つ時は反動があるっていうし…。

軽い気持ちでくいっ、と引き金を引いた瞬間、衝撃が和田に襲い掛かった。

「うわっ!」

予想以上の強い反動に思わず声を上げる。狙いは木を大きく逸れた。
「ぐあっ!!」
誰かの悲鳴が聞こえた。自分が狙った木の、近くで。

自分の撃った弾が、誰かに、当たった。

その事実が和田の思考を停止させる。誰かが誰なのか考える事すらままならない。
「馬鹿、何してる!」
和田が状況を把握するより早く城島は走って悲鳴の先を確認するが、既に人の姿は無い。
城島の足元の草には血が点々とついていた。
それは乱暴に草木を踏みつけていく音と同じ方向へと続いている。
「早く後を追え!!」
城島の見たことも無い怒りの形相が、和田の思考を更に困惑させる。
「え、いや、あの…俺…!」
ようやく出せた声も、今にも泣き出しそうな情けないものだった。
「早くトドメを刺さないと、今よりずっと敵を増やす事になるぞ!」
城島の口調は、語気こそ荒いが冷静そのものだった。
「………え?」
「走って逃げたという事は致命傷じゃない。逃げた先でお前に撃たれたと必死に広めるぞ!」
「そ、そんな…トドメって…ジョーさんも一緒に行って説得してくださいよ!」
立ち上がり、右手で城島の腕を強く掴む。左手は不安から銃を離す事が出来ないでいる。
そんな哀れなほど震えている和田に対して、城島は残酷な程平然と返した。
「説得?試しに撃ってみた弾が不運にも当たりました。とでも言えば相手は納得すると思うか?
 …それに、俺は誰とも組むつもりは無い。お前のフォローをするつもりは全く無い!」
「…か、海岸を覗いてたのは仲間を集めて皆で助かる為じゃ…。」
和田の弱々しい声に表情を変える事は無く城島は、海岸をチラリと見やる。
「皆の動向をチェックしてただけだ。向かった方向も一応把握できるしな。」
試合の時と同じように冷静に状況を観察する城島に、和田に重い不安を抱く。
「ジョーさん…まさか、このゲームに乗るつもりですか!?」
その言葉を、否定してくれればまだ和田は救われていたかもしれない。
「一人だけが生き残るゲームで誰かを頼ろうとする奴の方がおかしいだろ?
 お前、中村さんの死体をちゃんと見なかったのか?無残だったなぁ。」
城島の冷たい表情と中村の死体の表情が、重なる。

ああ、あの死体はやっぱり本物だったんだ。だから城さんも真剣なんだ。
でも俺は貴方を信じてたんだ。だって捕手を信頼しない投手なんていないでしょ?
ああでも、それは試合だけ。試合の時だけ。今は、試合じゃない。殺し合いで。
貴方は捕手じゃない。俺も投手じゃない。今は仲間じゃない。なら何故殺さない?
自分の武器が双眼鏡だから?でも、俺の武器は………

自分の左手にある「武器」が、和田の中に再び湧き上がった不安を更に煽る。
恐怖と不安に満ちた和田の顔を、城島はただただ見下している。

「自分のやった事のケリぐらい、自分でつけろ。」
「う……うわぁぁぁぁぁっ!!!」
メンバーの中で誰より信頼していた仲間から放たれた冷徹な言葉に、とうとう心が悲鳴を上げた。
鬼気迫った表情で短銃を片手に森の奥へと走り出した和田を、城島は遠い目で見すえていた。




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