52.様々な足跡 --------------------



…とんでもない事になったな。
波に揺れるボートの上、村松は自分に銃を向ける男を睨みながら小さく呻いた。
傍に置いた鞄に対する緊張は、中に何が入っているか分からない不安からくるものだろうか。
じっとしていられなくて、自分が着込むユニフォームとは酷く不釣合いな首輪を撫でてみた。
この首輪が自分の命運を握っているのだと思うと、船酔いとは違う種類の吐き気に襲われる。
「…とても爆発するようには見えないが…。」
独り言のつもりだった呟きに、自分に銃を向けていた男が反応した。
「……お試しになりますか?」
男が丁寧な口調で囁くと、村松は咄嗟に首輪から手を放す。
「…遠慮しておく。」
至近距離で人間の死体を見た後での、この状況。愛想笑いを浮かべる余裕など無かった。
あの中村の無残な姿を思い出すだけでも吐き気が更に酷くなり、思わず口を押さえる。
自分があんな風になるのだけは、嫌だ。中村には悪いが、あんな死に方、俺は絶対にごめんだ。
頭を左右に振って死体の残像を散らすと、少しでも遠くを見ようと徐々に近づく島に視線を移す。
その島で行なわれる馬鹿げたゲームのルールを改めて思い返しながら、頬杖をつく。

星野は24時間以内に誰かが死なないと、全員死ぬと言っていた。
自殺などは条件に含まれるのだろうか?と思ったが、自殺するつもりなど毛頭無い。
その行為は、生きたくても生きられなかった昔の仲間に対してあまりにも失礼だと思ったからだ。
誰かが自殺してくれれば有り難いかもな、と頭の片隅でボンヤリと思うにとどまる。
勿論、誰にも死んで欲しくないというのが本音ではあったが。中村が死んだ今、それは叶わない。
「そういえば…誰かが死んだら、すぐに分かるのか?」
両手を上げて敵意が無い事を示しながら問いかけると、男は銃を向けたまま説明的に答える。
「首輪には生命反応を感知する機能がついていますから、すぐに分かります。
 6時間ごとに禁止エリアを放送する際に、死亡者も放送します。」
「…殺人者は?」
「………。」
返答の代わりか、向けられた銃が更に接近する。その無言の返答は、否定とも肯定ともとれない。
まあ、後になれば分かる。と結論付けて村松は再び島を見やった。
島にはもう半数以上の選手が到着している。待ち伏せされている可能性も無くはない。
…まさか、全員がやる気になっているはずはないと信じたいが…。
いくら命が掛かっているとはいえ、突然言い渡された殺人遊戯に何の躊躇いもなく乗る方が異常だ。
恐怖に苛まれながら怯えている人間や、皆で助かろうとしている人間の方が多いはず。
彼らと合流して力をあわせれば、打開策はきっと見つかる。きっと…おそらく。
ただ、説明の後に星野が付け加えた言葉がどうしても気に掛かった。

…このゲームの勝者は無条件にメジャーに挑戦できるようにした…

そんな物につられて殺人を犯す人間がいるとは思いたくない。
…メジャーなんて、FAで行けるじゃないか。
裏切り者と呼ばれても構わない、と淋しく笑った後輩のように。
しかし誰一人として、彼を裏切り者とは呼ばなかった。
当然だ。彼は長年かけて手にした正当な権利を使って夢の世界へと旅立ったのだから。
その長年を惜しむ気は分かるが、だからってこのゲームに乗るような奴の気がしれない。

…人を殺してまで自分の夢を叶えようとする奴は、人間じゃない。悪魔だ。

村松は固い表情で汗が滲む拳を力一杯握り締める。島に悪魔がいない事を祈りながら。
だが、その祈りは無残にも突然島から響いた微かな音に打ち消される。
鳥を一斉に空に舞わせたその音は、銃声以外の何物とも思えなかった。
あの島にはもう、悪魔がいる。それを島に着く前に知る事ができたのは幸か不幸か。

海岸が近づくにつれ、砂浜につけられた様々な足跡が目に入ってきた。
走った跡、歩いた跡、転んだ跡。様々な方向につけられた足跡が砂の上にはっきりと残っている。
果たして、どれが人間の足跡で、どれが悪魔の足跡か。
分かるはずも無い事を無意識に考えている自分に気づいて、苦笑する。
…いざという時にはこの手を血で染める事になるかもしれないな…。
誰かに襲われた時。誰かが襲われている時。その時だけは正当防衛の名の下に、己に殺人の許可をだそう。
まだ鞄に何が入っているのかは分からないが、その気になれば武器などなくても命は奪える。

ボートが海岸に着くなり、村松は鞄を担いで立ち上がった。潮の臭いが妙に鼻にさわる。
胸に溜まった気持ち悪さはまだ抜けない。だが男達が見ている前で吐く事は己のプライドが許さなかった。

…とにかく、まずは信頼できる「人間」を見つけなければ。
正義感に溢れながらも冷徹な心構えを胸に秘めて、村松は島へと降り立った。




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