51.右へ歩く --------------------



『右にいけ。俺も後を追う。』

 ユニフォームに着替えている最中に小林雅英からささやかれた言葉を心の中で反芻し、
 清水直行はひたすら海を右手にして歩いていた。
 おそらく何も言われなかったらその場に立ち尽くしていただろうことを思い、清水はチームメイトに深く感謝する。

 これから、どうするのか。
 これから、どうなるのか。
 ゲームに乗る気はさらさらないけれど、生き残るためには、どうすればいい?
 雅やん、クマ、大丈夫かな・・・。

 歩きながら、グルグルといろいろなことが思い浮かぶ。

 実は壮大なドッキリとかだったらいいのにな。
 ああ、こんなことならいきなり声がかかったドーピング検査に行かなきゃよかった。
 なんで俺、こんなとこでこんなことやってんだろ・・・。

 砂浜は早々に終わり、森の端の道なき道をかきわけ、ひたすら歩く。

 ドメや小笠原さん、宮本さん、金子、ジョー、谷さん。
 俺より前にこの島に入った人たちは、今どこで、何をしているのか。
 ・・・武器を準備して、誰かを付け狙ってる?

「まさか、皆に限ってそんなん・・・。俺、何考えてんねん。アホや、ほんま。」

 そうつぶやいては見たものの、清水は心の奥底で否定できない自分に打ちのめされていた。
 何故アテネで必死にやってきた皆で、殺し合いなんかしなきゃいけないんだ。
 このバカなゲームを終わらせるためには、どうすればいいのか。
 アテネでともに辛酸をなめた仲間を皆殺す?
 そんなこと、できるわけがない。
 よしんば運良く生き残ったとして、千葉に戻ってからまた今までどおり野球ができるのか?

「ああ・・・ムリや。他の連中は笑顔で迎えてくれたとしても。・・・俺、もう投げられへんかもな。」
 清水の脳裏に、女房役の橋本や里崎の顔が思い浮かぶ。
 一塁でにやけながら球を受ける福浦、三塁で涼しげに微笑む初芝、
 いつも笑わないショート小坂、眉間にしわを寄せながら守備をこなす二塁堀。
「今頃何やってんやろなぁ。」

 森を抜けると、昔は畑だったらしい草原が広がっていた。
 海岸は坂になっていて、上がりきった崖の上に灯台が立っている。

 清水は草原に分け入り、鞄をぽんと放り投げるとその傍らで横になった。
 周りには誰の気配もしない。ただ、波の音や風に草が揺れる音が無限ループのように響いるだけ。

 ああ、そういや俺に支給された武器って、なんだろ・・・。

 草の陰に隠れ誰の姿も見えないが、それでも周りを見回し耳を澄ましてから鞄を開けた。
 鞄から出てきたずっしりと重いビニール袋には、銃が一丁と、マガジンが3本入っていた。

【『ブローニング ハイパワー』!! これでがんがん人を殺してね(はぁと)】

 袋に貼ってあった赤いラベルに、丸文字で書かれた言葉。
 袋の中身の物騒さとラベルのギャップに清水はガックリと肩を落とす。

「はぁ・・・。」

 本当に人を殺す武器が入ってた。
 殺し合い、という言葉は嘘じゃなかった。
 でも、俺、これをチームメイトに向けられるのか? 引き金を引くのか?
 ありえない。死にたくないけど、俺は・・・どうすれば・・・?
 嫌だ、どうして俺がこんな役割なんだよ・・・。

 銃を目の前にしてグルグル考えをめぐらせていた清水の意識は、かすかに聞こえたパァン、
 という乾いた銃声で現実に引き戻された。

 俺の鞄に銃があるくらいだ。他の者にも支給されて当然だ。
 銃を支給された奴がこのゲームに乗り気だとしたら。
 背番号が後ろの者はボートから降りたところで狙撃されるかもしれない。
 小林も、それは例外ではない。

「ま・・・雅やんを、守らなきゃ・・・。」

 清水は取扱説明書を兼ねるラベルを見て、マガジンを銃にセットする。
 試しに構えてみると、ずしりと重たい鉄の感触。
 一種の高揚感とともに、目に見えない何かが自分の背を押しているのを感じる。

 やれる・・・かも?

 清水は来た道を引き返し森へと入った。
 頼れる守護神を守るために。




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