49.サブキャスト --------------------



 海岸から続く道を歩きながら、金子は自分の背番号に感謝していた。
 チームにいる時と同じ背番号8の彼は、死亡してしまった中村が抜けたことで4番目の出発となった。
 これは、かなりありがたい。
 自分の前に出たメンバーもよかった。
 最初に出発した福留はケガ人であるし、2番目の小笠原は金子にとって誰より信用できる。
 3番目に出た宮本もキャプテンで責任感が強く、星野にも表立って反抗していたから大丈夫……
 少なくとも、いきなり待ち伏せされて襲われる危険性はないだろう、と金子は考えていた。
 背後にさえ気をつけていれば、今のところは安全だ。

 今のところは、か。

 金子は自嘲気味に思った。
 こんな馬鹿なゲームに参加する選手などいるわけない、と笑い飛ばせない自分が悲しい。
 と同時に、すでに保身のみを考えている自分の小心さも自覚していた。
 ゲームを知らされた時の仲間の様子を思うと、自分は他人より感情の振り幅が小さいのかもしれないと今更に感じる。
 状況を理解した時、怒りや恐怖や動揺が湧き起こるよりも先に、ただ「死にたくない」と思ってしまった。
 それから、「生き残る」ためになすべきことを必死で考え始める自分がいた。  
 小心で臆病であるからこそ、常に慎重な行動が必要になる。
 そして、思考を回転させていれば感情に支配されずに済む。
 それは一種の現実逃避であったかもしれないが、自分なりの平常心の保ち方でもあった。

 ああ、でもなんか普通に平気そうな人もいたな……岩瀬さんとか。 

 皆が動けなくなっている中、一人平然と着替え始めていた岩瀬を思い出す。
 その顔からはなんの感情も読み取れず、不気味なほど落ち着いているように見えた。
 やはり名ストッパーと呼ばれる人は、普通より度胸が据わっているのだろうか。
 脱出する何かいい手でも考えついたのだろうか。
 それとも……?

 岩瀬はゲームに乗る気かもしれない。
 何人かが内心抱いたであろう疑念を、金子も抱いていた。
 だが、それに対する感想は、他の人間と違う。

 だとしたら、岩瀬さんは自分に自信があるんだ。羨ましいよな。

 この時点で、金子の思考からは完全に倫理観が抜け落ちていたが、本人はそのことには気づいていない。
 ただゲームの勝者を目指すことのできる立場を、純粋に羨んでいた。  
 それはある意味最も単純な解決策だが、自分には決して真似できない解決策でもある。
 ゲームに乗ったとしても、このメンバーの中で自分が最後の一人になれるとは思えない。
 もう一つの危惧は、たとえ最後の一人に残ったとしても本当に命が助かるのかということだった。
 卑劣な手段で人に殺し合いをさせようとする連中が約束を守るとはとうてい思えない。
 メジャー挑戦をさせてやるなどと調子のいい事を言っていたが、生き残れば大規模な犯罪の生き証人。
 口封じに殺されるのがオチだ。
 岩瀬のような実績のある選手であれば、条件によって行かせて貰えるかもしれないが、
 メジャーに行ったところで活躍するはずのない自分は無理だろう。
 そう考えると、ゲームに乗った所で金子には何のメリットもなかった。

 では、どうすればいいか?――それがわからない。
 沈着冷静が持ち味だと公言してはばからない金子は、
 島に着くまでの短い間にとりあえずの気持ちの整理をつけていたが、
 だからといって、この状況を打破するいい手が浮かぶわけでもなかった。
 問題を解決するのに冷静さは必要だが、冷静さだけあったとしても何も解決しない。
 できれば打開策を考えるのは、自分以外の誰かであって欲しかった。

 海岸に降り立った時、どこかで小笠原が待っていてくれないかと思ったが、どこにも見当たらなかった。
 それどころか、ボートに同乗していた男達に「早く行け」と言わんばかりに銃を向けられ、
 結局その場を離れざるを得なかった。

 あのまま、自分の次に来るはずの城島――実は彼には、
 少なからず期待していた――を待っていようとしたら、発砲されたかもしれない。
 よく考えてみれば、自分達が協力体制を整えようとすることを、あの星野が見逃させるはずもなかった。

 なんとかガッツさんに合流できればいいんだけどな。

 出発時間はそう離れていないが、向かった方向がわからなければどうしようもない。
 海岸の砂浜には3つの足跡が残っていたが、
 どれも砂浜から上がる石段に続いており、そこから先の進路はわからなかった。
 何か目印でも残ってないかと探してみたが、それらしいものも見つけられない。
「くそー、薄情だな、もう!」
 そうしているうちに後続の到着時間が迫ってくる。だんだん不安も募ってきた。
 城島も、メジャーで充分通用する選手だった。
 力も強い。体力もある。もし彼がやる気になっていたら、勝てるわけない。

 金子は期待や信頼よりも、身の安全を取ることにした。  
 道を逸れ、森に分け入る。 


 数分後。
 ようやく落ち着ける場所を探し当てた金子は、鞄を開けて出てきたものを見て、脱力するしかなかった。

 30センチ四方のビニール袋に、いくつかの小物が詰め込まれ、派手な赤いシールが貼ってある。
 取扱説明書を兼ねているらしいそれには、ポップな字体でこう記されていた。

 『かんたんガーデニング★5点セット』

 ・園芸用シャベル…錆に強いセラミック加工!(※特許申請中)
 ・強力殺虫スプレー…どんな害虫もイチコロ!
 ・ミニ植木鉢…割れにくく汚れにくいプラスチック製!
 ・デラックス肥料…これさえあれば栄養満点!
 ・花の種(パンジー)…初心者でもカンタンに育てられる人気の花!
            種まきの時期:初秋から(9月〜)
            花が咲く時期:晩秋から初夏にかけて(11月〜5月)



 ……やっぱり、俺は主役じゃないらしい。

 金子は、深いため息をついた。




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