47.ぼんやりと見える隙間 --------------------



殺し合い

まさか過去の上司からこんな台詞が出てくるとは思わず、岩瀬はぼんやりしていた。
ぼんやりしている間に中村の死体が台車によって運ばれ、岩隈の頬に一筋赤い線が出来た。

「殺し合い。」

デザートの入ったトレーが並ぶ台の側に立っていた岩瀬は、自分にも聞こえないほどの声でそう呟く。
そして、自分の呟いた言葉に背筋が冷える思いがした。
舞台の上に目をやれば、赤黒くなった物体の隣に星野が立っている。
途轍もなく異常な光景だが、後数時間もすればこれが普通になるんだろうか。
ざわめきの消えた部屋でそうぼんやり考えていた。

「・・・・ただし、6時間ごとに禁止エリアを設けてあり、そこに入ると首輪が爆発する、そして24時間以内に・・・・」

星野の口の動きを目で追いながら、腕組みをする。
生き残れるのは1人だけ、6時間ごとに増える禁止エリア、24時間死人がいなかったら即爆破、
必要なものはアテネ用の鞄の中、それで今からアテネ用ユニフォームに着替える、か。
頭の中に必要な事だけを入れると、足元に置いた白いエナメル加工の鞄を見た。
これが俺のこれからの運命を決めるのか。
ふと岩瀬は自分でも不思議なほど冷静な事に気付いた。
腕を組んだまま、左手で台の上に置いたオレンジジュース入りのグラスを持った。
そしてごくごくと飲むと会場内を見回した。
真っ青な表情、あっけにとられている顔、怒りを抑えられないような顔、様々な表情が見える。
無言のまま一人一人を見回していると、ガラガラと舞台の前に台車が出てきた。
多分あれが新調したアテネ用ユニフォームだな、と思いながら岩瀬はグラスの中に残っていた液体を飲み干す。
それから鞄を右肩にかけて、普段と同じようにすたすたと歩き始めた。
すると岩瀬の足音に驚いたのか何人かが振り返る。
『お前、これに乗るつもりなのか?』や『何考えてるんだ・・・・』などが視線を通して岩瀬の耳に入る。

しかし岩瀬は淡々と舞台前の台車に向かう。
そして台車の前に着くと整然と並べられたビニール袋入りのユニフォームを見た。
その中から自分の背番号と苗字がローマ字で刺繍してある物を選ぶ。
ふと顔を上げると険しい表情の星野と目があった。

「着替える場所無いんですか。」

岩瀬は自分でもよく考えないままそう言い、そしてこの会場の室温がまた下がったみたいだという事を肌で感じた。
ぼんやりと岩瀬は白いライトに照らされた過去の自分の監督を見ながら、答えを待った。

「無い。」

星野はこの場の空気を無視するがのごとく、冷たく言った。
適当に返事をして、自分のユニフォームの背ネームを眺めながら、岩瀬は元の場所へ戻ろうと踵を返す。
しかしまだ呆然としている岩隈を除くほとんどが多様な感情を隠すこともせず、
眼で自分を突き刺している事に気付き、立ち止まる。
じんわりと自分の手が汗で濡れているのが分かった。

「おぉ、そうだそうだ。」

いきなりスピーカーから星野の声が響いた。
もう一度全員の視線が舞台上に向く。
岩瀬は短く息を吐き、再びデザートのテーブルの前に戻った。
どさりと鞄を絨毯の上に置くと同時に、星野が話し始めた。

「ある御方と話をして、このゲームの勝者は無条件にメジャーに挑戦できるようにした。あとこの船を出る順は背番号順だ。」

早く着替えろ、と静かに低く星野が言った。
あんまり興味ないなと思いながら聞き流し、タキシードのボタンを外して着替える。
ビリリとビニール袋を開けると真新しい布の匂いがした。
中を確認するとアンダーシャツもベルトもソックスも入っている。
殺し合いが始まるって言うのに何でこんなに俺は静かなんだ。
岩瀬は動き出した他の選手たちを気にも留めず、ぼんやり考えながらアンダーシャツとユニフォームを取り出した。
長袖のアンダーシャツの首元と薄い灰色の縦縞のユニフォームの背中に『13』の刺繍が輝いている。


その輝きに秘められた『何か』に気付くことなく、岩瀬はぼんやりと自分の背番号を眺めていた。




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