45.夢の代償 --------------------
しん、と静まり返った会場を、星野は相変わらず厳しい瞳のまま見渡した。
「他に質問はないようだな。では改めてゲームの説明に入る。まずは引き続きムービーを見てもらおう」
「ちょっと待ってください!」
異を唱えたのは宮本だった。
質問がないだと? 冗談じゃない。聞きたいことは山ほどある。
宮本は疑問を叩きつけるように叫ぶ。
「説明してください!何故そんなことしなくちゃならないんです!」
「わからないか、宮本」
星野の言葉には、妙な陽気さが含まれていた。
それは人を絶望に突き落とす時の、残虐な期待を含んだ悪魔の陽気さだった。
「さっきのムービーを見てもまだわからんのか!」
星野は興奮を隠そうともせずに、持っていた冊子で壇を叩く。
ぱん、という小気味よい音がして、場の静けさに不釣合いなほどに響いた。
「あの無様なプレーはなんだ! あれがプロの姿か!? あれが日本の野球のレベルか!?
オールプロで臨んだ戦いで、最低の銅メダル! それがどんなに恥ずかしいことかわからんのか!
お前達は自分が情けなくならんのか!」
一人一人の顔を睨みつけながら、星野は憤然と言葉を浴びせる。
そして、ゆっくりと最後の息を吐いた。
「お前達は、罰を受けるべきだとは思わないか?」
「だから・・・…だから、殺し合えって言うんですか!?」
星野の迫力に押されながらも、宮本はなんとか言葉を紡ぎ出した。
星野の言うことはわかる。
自分達のプレーを誰より悔やんでいるのは、自分達なのだから。
でも。
だからって。
殺し合いをしろ、だと?
「そうだ」
「い、意味がわかりません。無茶苦茶だ!」
「わからなくてもいい。お前達はこれから殺し合いをする。それだけわかっていればいいことだ」
星野はすげなく言い捨てる。その冷淡な態度は、宮本にまったくとりつくしまを与えなかった。
しかし、ここで引き下がるわけにもいかない。
あまりのことに声を失った宮本を援護するように、他の選手達も口々に異論を叫び始める。
星野はしばらく黙ってその様子を眺めていたが、やがて軽くため息をついて彼らを制した。
「どうやらお前達は、俺が思っていたよりも物分りが悪いようだな」
「物分りとか、……そういう問題じゃないでしょう!?」
叫んだのは誰だったか。
それは全員の気持ちだった。
いきなり殺し合いをしろといわれて、はいそうですかと納得できる人間がどこにいるのか。
「仕方ない。多少順番が前後するが、話を進めやすくしてやろう」
星野は緞帳の端から舞台の袖を覗き込み、何事か合図をした。
袖から黒い布のかけられた台車が運ばれてくる。
豪華な船の豪華なホール。その豪華な舞台とそぐわない、なんの変哲もない青い台車。
何故かそれがひどく不吉なものに見える。
「ところで、この会の招集通知に『欠席者には重大な罰則』とあったことは覚えているな?」
星野は急に話を変えた。
むろん、忘れるわけはない。誰もが気にかけており、この会への不信の源となっていた一文である。
「その『罰則』というのがこれだ」
言うが早いか星野が台車にかけられた黒い布をひきむしった。
しばらくの間、静寂がその場を支配する。
「……まさか」
誰かの声が呟いた。
「ノ、ノリさんっ!?」
ひきつれたような岩隈の悲鳴が響く。
その声を聞くまでもなく、それが中村紀洋であることはその場にいる全員に理解できていた。
ただ彼らに理解できないのは、その姿。
中村は、赤く染まっている。
台車の上に載せられたパイプ椅子に縛り付けられたまま、
四肢をだらんと垂らし、口からはどす黒い液体が数条こぼれている。
腹のあたりは真っ赤というよりも赤黒く、ところどころに黒い点があるのが見える。
視点のない虚ろな瞳にかつての仲間たちを映している。
それはどう見ても、どんなに違うと思い込もうとしても、
まぎれもなく中村であったもの、そして今はもう中村ではないもの。
腹にいくつかの穴が開いた、血にまみれた死体であった。
アテネ代表のチームメイトの中でただ一人、この会を欠席した男。
ルールや世間体より、自分の夢を選んだ男。
その代償が、これだった。
この中の誰よりも不遜で自分に正直だった男は、もの言わぬ無残な死体となってそこにいる。
『重大な罰則』――全員が、その意味を知った。
【中村紀洋(Bu5)死亡 残り23人】
戻る
|