44.最初の悪意 --------------------



 その時、突然明るいファンファーレが鳴り響き、司会の女性が再びマイクを取った。
「皆様、プレゼントは行き渡りましたでしょうか。
 それでは、ゲームの説明をさせていただきたいと思います。
 まずは、2004年アテネ五輪会特別記念として製作されたスペシャルムービーをご覧いただきます。
 どうぞ、スクリーンにご注目ください」
 その声を合図に、会場の照明がだんだんと落とされていく。
 同時に、舞台にかけられた緞帳がするすると引き上げられ、大きなスクリーンが姿を現した。
 やがて、完全に暗闇となった室内をほのかに照らすように、
 スクリーンに「2004アテネオリンピック野球代表ストーリー〜長嶋ジャパンの軌跡」のタイトル画面が映る。
「お、ドキュメントかいな」
「金かかってんなー」
「これで映像クイズとか言うんじゃないの?」
「こういうのって、なんか照れるよなぁ」
「いつの間に撮ったんだよー」
「大丈夫、お前は映ってないから」
 既に多少の酔いが回っている選手達は、口々に勝手なことを言い合いながらスクリーンに注目し始める。

 皆が興味津々に見守る中、画面には縦縞のユニフォームに身を包んだ選手達が現れ、
 軽快な音楽とともに様々なプレーが映し出されてゆく。
 しかしそれは、彼らの予想していた場面の特集ではなかった。
 手に汗握る力投や力強いホームラン、鮮やかなファインプレーの代わりにそこに映るのは――
 打たれてうなだれる投手、あえなく三振する打者、無様なエラーの数々……

 それは、彼らの失敗の記録。

 選手達の顔が、次第に強張ってゆく。
 明らかにその映像は、悪意と侮蔑のもとに編集されていた。

「なんだよ、これ」
「おい、いいかげんにしろよ」
 徐々に選手達のざわめきが大きくなっていく中、ふいに映像に変化が起きた。
 画面に黒い斑点が飛び散り、どんどん大きくなっていく。
 そして、遂には真っ黒に塗りつぶされた画面に、判で押されたようなかすれた赤い文字が浮かび上がった。

     『BR』

 その不吉な印象の文字は、選手達に更なる動揺を呼び込んでゆく。

 なんだ? 
 なんだ? 
 これはなんだ?

 しかし、その答えはすぐにもたらされた。
 予想外の人物から、予想外の方向で。

 カシャン、という機械的な音と共に壇上にスポットライトが当てられる。
 そこには、赤いチャイナの女性の代わりに、厳しい顔をした星野仙一が立っていた。
 先ほど選手達と握手した時の表情とは、あからさまに違う不穏な表情。そして全身に纏う不穏な気配。
 手にはマイクと、A4サイズの黒い冊子。よく見れば、冊子にはスクリーンの画面と同じ『BR』の文字が見てとれる。
 星野は、ゆっくりと選手達を見回し、厳かな声で宣告した。

「これからお前達には、殺し合いをしてもらう」

 最初、その言葉は、選手たちのささやかな失笑を買っただけだった。
「はぁー? 何言うとんねん?」
「おいおい、なんのゲームだよ」
「くっだらねー」
 言った相手が星野なだけに、皆、壇上に聞こえない程度の小声ではあったものの、
 顔には不愉快さと不可解さがありありと浮かんでいる。
 中には、黙ったまま険しい表情をしている者もいた。 
「すいませーん、なんの冗談ですかー!」
 皆の気持ちを代表するかのように、藤本が叫んだ。その言葉には、かすかながら怯えが混じっている。
 しかし、嫌な予感を振り払うように、メガホンのように口元に手を当て、わざとおどけた声を出した。
 星野の威圧感には、慣れているつもりだった。

 それが、いつもの星野であれば。

 藤本の予想では、星野はちょっと顔をしかめてから呆れたように
「人の話は最後まで聞け。なんでそう、お前は落ち着きがないんや」などと返してくるはずだった。  
 そうあって欲しかった。
 けれど、星野は表情も声の調子もまったく変えないまま、冷然と言い放つ。     
「冗談を言ったつもりはない。これが証拠だ」
 軽く手を挙げる。
 瞬間、落とされていた照明が元に戻った。

 23人の選手達はようやく、自分達の置かれた状況の恐ろしさを知ることとなった。

 いつの間にか、銃を構えた男達が壁際にずらりと並んでいる。
 一様に黒いサングラスをかけた彼らからは表情が読みとれず、ただ静かに、選手達に銃口を向けていた。




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