41.仲間と家族 --------------------



「あれ?中畑さんは?」
高木は室内のトイレから出てくるなり、先程までここにいた男がいない事に気づいた。
辺りを見回して確認するが、やはり姿はない。椅子に座っていた大野が小声で答えた。
「…さっきオーナーの所に呼ばれて出て行った。」
あ、そうですか。と納得した様子の高木は、大野と机を挟んで向かい合った椅子に座る。
それぞれの後ろには黒いタキシードを着た体格の良い男が立って二人を見下ろしていた。
「……用を足す時ぐらいしか一人になれないのは結構つらいですねー。」
大野の後ろに立つ男に苦笑いを向けてみるも、男はにこりともしない。
高木は、さして気にした様子も無く大野に視点を戻す。
「…ところで…中村は?」
「……こちらには何の連絡も…。」
「じゃあ、まだ大阪ですか…今からじゃ、もう絶対間に合いませんよね…。」
高木は、部屋の壁につけられた豪華な時計を見やる。出航するまで30分も無い。
「…大丈夫だろうか、彼は…。」
「厳しい罰則…って言う位だし、殺されてもおかしくないんじゃないですか?」
高木の重い言葉の前に、大野は言葉を失う。
「ああ、あくまで私の予想ですよ?気にしないで下さい。」
ヘラヘラといやらしい笑みを浮かべる高木に、怒りがこみ上げる。
何故そんな簡単に、そんな表情で仲間の死を予想できるのだろう。
「気にしないでくれと言うなら、最初から言わないでくれ。」
温厚で知られる大野の真剣な表情と一層低い声で威圧され、高木の顔から笑みが消える。
「…すいません。で、どうするんですか?コレ。」
高木はテーブルの上におかれた様々な道具を一瞥して、また大野に問いかける。
彼らの足元にはアテネで使用された鞄と同じ鞄がいくつも置かれている。
「鞄に一つずつ詰め込むだけだ。武器についての詳しい事はそこの紙に書いてある。」
そう。鞄に武器を詰め込めば彼らのひとまずの任務は終了する。
だがその任務に大野は激しい抵抗感と嫌悪感を感じ、手が進まない。
「これまた物騒な物や変な物ばっかりですねー。何かまともな物はないんですか?」
大野が指した紙と武器を交互に見比べながら、高木が一人呟く。
高木の言う「まともな物」とは何を表しているのか、大野には分からなかった。
物騒な物や変な物を適当に掴んで鞄に詰めていく高木を見て、大野は深い溜息をついた。

…どうしてこんな事になってしまったんだ…。

五輪会案内の手紙が届いたのは9月の中盤。
届いた後電話で中畑に直に確かめた為、大野は手紙そのものに不信感は持たなかった。
強制参加と選手達よりも集合時間がかなり早い、というのは気になったが、
「来てくれるよな!?」と異常な程熱心に誘う中畑の誘いを拒否する訳にもいかなかった。
思えば、あれを断っていれば自分の人生はそこで終っていたのかもしれない。

指定された時刻に来て、所定の部屋に案内されてみれば、
そこには渡辺元巨人オーナーと中畑の姿があった。
豪華な部屋の中で悪魔のような発想で作られた地獄絵図の内容を明かされた後、
協力するか、否か。二択の決断を迫られる。
否なら家族共々命を落とす事になる、という脅迫があっては協力するしかなかった。
いつか選手達を救うチャンスがくるかもしれない。そんな微かな希望を込めて。

だが、そんな微かな希望も消されつつある。
用意周到なオーナーは、自分達に24時間監視をつけるつもりらしい。
何故そんな手間をかけてまで、自分達に協力を要請するのだろう。
とにかく、常に監視されている自分達にはどうする事も出来ない。
自分達の会話は逐一報告されているのだろうから、うかつに相談も出来ない。
最も、高木に選手を救う気があるのかどうかも分からないのだが。

「ちょっと大野さん、手伝ってくださいよ。」
手を止めていた大野を見て、高木が不満気に言った。
…選手を助ける為なら、いくらでも手伝う。だが…。
今、自分達がやっている行為は、選手を地獄に追い詰める行為ではないのか。
そんな大野の気持ちに反して、高木は大野の前にいくつも鞄を置いていく。
「…大野さんが贔屓してる選手が助かるといいですね。」
それは、大野に対する高木なりの配慮のつもりだったのだろうか。
「………贔屓の選手なんて、いない。」
呻く様な呟きに、高木は意外そうな顔で大野を見やる。
大野はそれ以上何も言わず、黙々と手を動かし始めた。

…皆、大事な選手だ。できることならば皆…。

自分と家族の命を絶つ事になりかねない言葉を、口に出す事はできなかった。




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