41.おわりのはじまり --------------------



『ダイアモンド・プリンセス・シー』の豪華な船内施設の中でも、最上級の調度を揃えたVIPルーム。
そこでは、悪魔の元締めが上機嫌でグラスを傾けていた。
元巨人軍オーナー、渡辺恒雄。
昨年、金銭問題でオーナーを辞任したはずの彼には、すでに読売巨人軍代表取締役会長への就任が内定している。
結局、去年の辞任騒ぎはただの茶番。あいかわらず彼は、唯我独尊の独裁者であった。
「しかし、星野君の手腕は見事だな。さっそく部下がネズミがうろついてるのを発見したそうだ。君の言った通りだったな」
「ええ。かなり強引な方法で選手たちを招集されたようなので、不審を抱くものもいるかと思いまして」
星野はいくぶんイヤミをこめてそう言ったが、空気を読まない渡辺には通じなかった。
「いや、さすがだよ、君は」
渡辺は上機嫌で星野を褒める。分厚い眼鏡の奥のふてぶてしいが、きらりと光った。
「我が巨人軍にも、君のような優秀な人材が欲しいものだね。どうも無能ものばかりで困るよ。どうだね?
 来季あたりから、うちでやってみんかね?」
「いえ、とんでもない。僕のような者に、栄光の巨人軍の監督はつとまりませんよ」
「はっはっは。謙虚だねぇ。いや、いいことだ。最近はどうも礼儀をわきまえない輩が多くて困る。
 あの堀江とかいうのも、なんだったのかねえ。唐突に出てきて球団を欲しいなどと、馬鹿馬鹿しい。
 金があれば買えるってものではないんだよ。球団のオーナーというものには、品格が必要なんだ。
 だいたいなんだね、あの服装は。学生じゃあるまいし、大の大人がみっともない。IT成金だかなんだか知らないが、」
「ええ、その通りですね」
星野は渡辺の延々続きそうな話に、すばやく割り込んで相槌を打った。
「ところで、こちらが先ほど届いた中村に関する報告書です。僭越ながら、先に読ませていただきました。私の意見も添えてあります」
星野が差し出した書類をパラパラとめくり、渡辺はにんまりと笑う。
「すばらしい! 君が参加してくれてよかった。我々の計画もますます磐石だな」
「いえ、すべて渡辺さんのお力あってのことですから」

まるで時代劇に出てくる悪代官と悪徳商人の会話だな、と後ろで聞いている中畑は思った。
「越後屋、おぬしもワルよのう」「いえいえ、お代官様にはかないませぬ」…そんな雰囲気だ。
ただ時代劇と違うのは、これが現実の策謀であるということと、
劇中ではたいてい詰めが甘く無能であるはずの悪者側が、球界随一のやり手だということだ。
片方は富と権力の塊、片方は才知と統率力の塊。まさに最強のタッグ。誰に勝ち目があるだろう?

そんな中畑の苦悩も気づかず、報告書のある一文に目を留めた渡辺は眉を寄せた。
「フン、中村はメジャー志望か。最近の若いのは、実力もないくせにすぐにメジャーメジャーと騒ぎ立てる。
 日本球界に育ててもらった恩も忘れおって。実にいかん!」
「誰もがイチローや松井になれるわけでは、ありませんしね」
星野は憤慨する渡辺に、望み通りの言葉をくれてやることにした。リップサービスなどいくらしたところで減るものではない。
「そうそう、そうなんだよ」
渡辺は報告書をデスクの上に放り投げると、部屋の中をうろうろと歩き回った。
「おお、そうだ。いいことを思いついたぞ!」 突然、手を叩いてにんまりと笑う。
「優勝者はメジャーに行かせてやる、奴らにはそう言うんだ!奴らは、きっと食いつくぞ!」
渡辺は新しい遊びを思いついた子供のようにはしゃぎだす。
残酷な支配者の残酷な遊び心に、中畑は心の中でうめいた。

やめてくれ……!
あいつらの大事な夢を、こんな糞ゲームの餌に使うなんて。それだけは、やめてくれ!

しかし、中畑はそれを言葉にすることはできなかった。
「いやあ、いいアイデアだ。上原や松坂も張り切るだろう。あいつらが本気になったら、凄いんじゃないかね?
 やはり物事には、励みがないとなぁ。世の中はアメとムチだよ。わかるかね、君」
自画自賛する渡辺は、背後に幽霊のように控えていた秘書を呼ぶと机の上にあった黒い冊子を突きつけた。
「おい、これを直しておけ。至急だ」
それは、選手らへの説明などが書かれた『ゲーム』の台本だった。
悪意の込められたその黒い表紙には、赤い文字で『BR』の刻印が押されていた。
秘書がに台本を持って出て行くと、渡辺は実に楽しそうに笑った。
「さぁ、はじまりだ」




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