40.時を待て --------------------



「ふー。」 胸ポケットからハンカチを出し、手を拭く。
扉の隣には直立不動の黒服の男が立っていた。
正直この男が野球選手だと言われたら騙されてしまいそうなほど筋肉のバランスがよく取れている、もったいないな。
服の下からでも野球に適している筋肉かどうか分かってしまうのは解説者のしての癖か、
そう考えながら高木はポケットにハンカチを戻し歩き始めた。
そうすると足音を出さずにそっと後ろから黒服の男が着いてくる。
忍者みたいだな。
高木は声に出さずに心の中でそう呟いた。
「高木様。」
「はん?」
ぼんやりとしていたからか妙な返事をしてしまった高木、しかし本人は気にも留めず立ち止まり振り返った。
「何か?」
「大阪近鉄バファローズの中村選手は本日の五輪会を欠席なさる模様です。」
「・・・そうか。」
欠席か、繰り返すように高木が呟く。
しかしあることに気付いた。
「・・・・何故欠席だと分かるんだ?まだ少しぐらい時間はあるだろう。」
着慣れないタキシードの右袖をまくって、時計を見る。
自ら言った通り、出港まで少しまだ時間があるのを確認した。
黒服の男は懐から白い封筒を取り出しながら、こう説明する。
「皆様にお送りした招待状には探知用のチップが埋め込みさせていただきました。」
「もしかしたら招待状を家に置き忘れたのかも」
「GPSで確認させていただきましたが、招待状のある場所が野球の練習場でした。」
ならそこに、と言いかけた高木。
それを遮るかのごとく、目の前の男は話を続けた。
「確認に向かわせたところ、二つに破られた招待状がゴミ箱から見つかったと。」
高木の目が少しだけ見開かれる。
しかし表情を変えることはなく、そうか。とだけ返事をした。

そして再び高木は歩き始めた。
少し狭くなった額に右手を当てながら、何ごとか呟きながら。
呟くスピードに合わせて歩く速さも増していき、黒服の男も自然と速歩きになる。
何事か思いついたのか突然大股でザカザカと歩いていた高木が立ち止まる。
着いてきていた男も足を止めた。
「そう言えば聞いていなかったが、今この船に乗っているのは誰だ?」
「すでに乗船されている選手でございますか?少々お待ちください。」
高木は振り返らずに尋ねた。
男は銀色に輝く文庫本ほどの大きさの機器を取り出し操作をした後、その画面に出てきた名前を高木に告げた。
乗船した順なのか、そのチームの中で選出された二人の名前が連続で呼ばれる事もあれば、バラバラに呼ばれる事もあった。
「・・・・西武ライオンズの和田選手、松坂選手。読売ジャイアンツの高橋選手。以上でございます。」
結論から言えば、中村以外全員乗船済みだった。
「そうか。」
呟くように言うとまた高木は歩き始めた。

『君達には《見守って》もらおうかと思ってね。
 何と言ったって監督とコーチだ、選手が頑張っているのを見ないでどうする。グァッハッハッハ・・・・』

ふと思い出した台詞に吐き気がする。
それを必死に堪え、高木は歩き続けた。
「・・・時を待て・・・」
自分に言い聞かせながら、後ろの男に気付かれないように口の中で何度も繰り返す。
時を待て、時を待て、時を待て、時を待て・・・・
『黒い』客室を目標に歩きながら、高木の瞳の奥には何かが潜み、燃え上がっていた。


時を待て。
高木は低く呟いた。




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