28.不運な彼ら --------------------



晴天の下のヤフースタジアム。谷はベンチで自分の出番が来るのを待っていた。

「佳知、五輪会の手紙…読んだか?」
自分の打順を終えて戻ってきた村松が谷の隣に座る。
「読んだよ。有人は行くのか?」 重い表情で放たれた村松の言葉に、谷は今朝家に届いていた封筒を思い出す。
リターンアドレスどころか、差出人の名前すら無い無機質な白い封筒。
訝しんで封を開けば、2004年アテネ五輪会の案内状と追伸文が入っていた。
「強制参加だからな。行かざるをえないだろう…。お前は?」
「俺も一応行こうと思ってるけど…前の五輪会とちょっと違うんだよなぁ。」
以前経験した五輪会の時には無かった、妙な追伸文が引っかかる。
「前の…?ああ、アトランタのか?」
「アトランタの時は野球限定じゃ無かった。強制参加でも無かったし、厳しい罰則なんかも無かった。」
「…かなり違うじゃないか。」
そこまで違うのなら、もう少し怪しんだらどうだ?と村松は苦笑いする。
いくら怪しんだ所で行かない訳にはいかないのだろうが。
「…実は、野球限定ってのには正直助けられてるんだ。強制参加もさ…。」
谷の言葉の意味に、村松はすぐに気づく。
「…奥さんか?」
「……同じメダルを取れてれば良かったんだけどさ。」
谷は、夫婦で金!と笑顔で言い切っていた妻に申し訳なさと劣等感を感じていた。
オフに入れば、またTVや雑誌に夫婦で出演したりしなければならない不安と共に。
五輪会の案内は、そんな夫婦共演から少しの間でも逃れる為の絶好の言い訳だった。

「私は強制参加で一競技限定の五輪会の案内なんて一度も来た事無いけど?」
と妻に怪しまれたが、実際にその追伸文を見せたら一応納得してくれた。

「野球は団体競技だ。金が獲れなかったのはお前だけのせいじゃない。」
村松は谷の肩を軽く叩いて、アテネ五輪での自分を思い返した。
自分も怪我さえしていなければ少しは状況が変わっていたかも知れない。
目の前で重圧に苦しむチームメイトより、自分の方が罪は重い。
そんな罪悪感もあった村松の励ましを、谷は力なく笑って返した。
「亮子もそう言ってくれてるけど…周りがな。」
アテネ五輪の前は夫婦で金メダル!と当たり前のように期待されてきた。
その期待に答えらたのは、妻だけ。夫はギリギリ及第点の銅メダル。
2人並べば嫌でも比べられる。マスコミの前はおろか、世間の前でも。
「…お前、苦労してるな。」
村松は遠い目でグラウンドを見つめる谷の姿に哀愁を感じた。
「有人こそ。せっかくFAでここに来たのにな…。」
谷はグラウンドに青々と茂る天然芝を見つめていた。
村松は少しでも多く天然芝…このヤフースタジアムの上でプレーしたくて、このチームに来たのだ。
だが合併騒動で決まった決断…来年からオリックスの本拠地は大阪ドーム。
また長い間人工芝の上へと立たされる事になる村松の悲劇に、谷はそれ以上何も言ってやれなかった。

「しょうがないさ…。俺達の力じゃどうにも出来ないだろう?」
もう諦めはついた、と笑う村松が不憫でならない。
「ストライキで…どうにかなるかもしれない。」
谷の呟きには、僅かな希望が込められていた。

数日後、日本プロ野球史上発初のストライキが決行される事になる。
だが、それ以上に恐ろしい事が忍び寄ってきている事など、二人はまだ知る由もなかった。




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