27.その距離500メートル --------------------



「さっむいなー・・・。コレだから冬の港は・・・。」
 山下公園にある、海を眺めるベンチのひとつ。
 ぶつぶつ文句を言いながら、灰色のコートに身を包んだ男が冷えた缶コーヒーと双眼鏡を持って真ん中に座っている。
 彼の前をカップルや家族連れが通り過ぎていくが、野球をよく知る者が見れば、(M31)渡辺俊介と分かっただろう。
 彼の視線は、大桟橋に停泊している大型客船『ダイアモンド・プリンセス・シー』へと向いている。
「渡辺、久しぶり。」
「おう、来たかぁ。」
 渡辺の隣に、(SL22)野田浩輔が座った。「同じベンチに座るなんて、何年ぶりかね。」
「4年ぶりだよ。」
 野田は言い、渡辺の視線の先にある大型客船を見た。「うわ、あれか・・・。デカイな・・・。」
 野田は渡辺に缶コーヒーを渡した。買ってきたばかりらしく、まだ暖かい。
 渡辺は手に持っていた缶コーヒーを一気に飲み干し、2mほど先にあるゴミ箱へとポイと投げた。
 缶は放物線を描いてゴミ箱の中へ入った。
「あの船のメインシアターで、例の五輪会が開かれる。」
 渡辺は封筒をかばんから出すと、野田に押し付けるように渡した。「ソレ、直さんから来た手紙。」
「中味は、五輪会のおしらせ、ってやつか。」
 野田はしばらく渡辺から渡された手紙とコピーに目を通していた。
「・・・野田、他の連中には声かけた?」
「え? あ、ああ。」
 渡辺の問いに、野田は渡辺に手紙を返すと、懐から手帳を出してページを繰った。
「あ、その手帳。まだ使ってんだ?」
 渡辺のうれしそうな問いに、野田は手帳を繰る手をとめ、手帳の表紙を見た。
表紙下のほうに、『Nippon Steel』の文字が入っている。
「ああ。・・・毎年総務が送ってくれるからね。これ以外の手帳を見ても使いづらいよ」
 野田は苦笑しながら言うと、手帳の目的のページを開いた。
「沖原さんと赤星、杉内くん、山田くん、廣瀬くんはいつでも連絡が取れる場所にいる、と。
阿部は石川と『事務局』に行くとか。吉見はココに来るって言ってたが・・・。」
「ま、関西方面は沖原さんと赤星がいるから心配してないけど。
 阿部くんと石川くんが微妙に心配か。・・・吉見くんは、まだ来てないね」
「近くだし、待ってればくるさ。」
 野田は手帳を懐に収め、客船へと視線を移した。

「あ!お久しぶりです!」
 ラウンジデッキに下りてきた(YB8)相川亮二は、見知った二人組を見つけて声をかけた。
 (M18)清水直行と(M30)小林雅英はソファに座っていたが、相川の声に席を立つ。
 清水は相川の笑顔にホッとした顔で会釈する。小林は空になったグラスをウェイターに返しながら言った。
「落ち着かないし、さっさと終わって、どっかでパーっと飲みなおしたいね!」
「俺らだってそうですよー、こんなカッコも慣れてないしこんな豪華客船も慣れてないし。」
 相川は笑いながら言う。「やっぱりユニフォームの方が気楽ですね。」
「俺ら? 他に誰かいたんか?」
 清水の声に、相川は何がなんだか分からない、といった顔をして、振り返った。
「え、だってそこに三浦さんが・・・あれ? 三浦さん?」
 相川の視界に入るはずの、三浦の姿はそこにはなかった。

「・・・すいません、遅くなりました!」
 客船を見ながらしばらく昔の話や近況を話していた渡辺と野田の後ろのほうから声がした。
 野田が後ろを向くと(YB21)吉見祐治が遠くのほうから走って来るのが見えた。
「ああ、おはよう〜。」
 渡辺は笑顔になり手をあげる。「寝坊でも?」
「やだなぁ、またそのネタですか?」
 吉見は渡辺に笑いながらいうと、野田の反対側に座った。
「何も起こらなきゃいいんだけどね。」
 渡辺の言葉に、野田ははあ、と深く息を吐く。
「あの、もう・・・。そうだ、三浦さんたちは船に乗っちゃいましたかね・・・?」
 吉見は思い出したように、二人に聞いた。
「さぁ? ・・・どうして?」
「俺、三浦さんに連絡したんですけど、電話にでなくて・・・。家にも誰もいないし。」
「出かけてるんじゃないのか?」
「いや、おとといも電話したのに誰も出ないんですよ? 迷惑かなとおもいつつ三浦さんの自宅の方にも連絡したけど・・・。」
 渡辺は、吉見の言葉に空を仰ぎ、目を閉じた。




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