25.憂鬱な道のり --------------------



石井は、横浜港までの道を1人で愛車を走らせていた。
身に纏っているのは、糊のきいた黒のタキシード。
案内状で指定された服装だが、そんな服を自分で持っている筈もなく、
わざわざ妻が貸衣裳屋で借りて来てくれた物だ。

石井は、まだこの集まりに参加するべきか悩んでいた。
その最大の理由は、案内状に同封されていた一枚の紙。
「強制参加」はまだ場合によってはあり得るかもしれない。
しかし、「重大な罰則」というのはどう考えてもおかしい。
チームメイトのシドニー五輪経験者、石川にそれとなく聞いてみたが、やはり4年前にはそんな集まりは無かったと言う。
古田も、野球チームだけでの集まりはなかったと言っていた、と宮本から聞いた。
何故今年だけ?しかも、何故船上で?

できる事なら、何か理由をつけて欠席したいと思っていた。
だが、自分には守るべき妻と子がいる。メジャーリーグへ行く夢もある。
「重大な罰則」が何かは知らないが、その妨げになるような事はなるべく避けたい。

そんな風にダラダラと考え続け、一緒に行かないかと誘ってくれた宮本にも素直に「行きます。」とは言えなかった。
そして結局結論は出ないまま、当日を迎えてしまった訳だ。
悩み続ける夫を見兼ねた妻が、用意していたタキシードを身につけさせ送り出してくれたのは幸か不幸か。

気の晴れないまま横浜港に着いた石井の目に飛び込んだのは、
今まで見た事も無い、今後二度と見る事もなさそうな豪華客船。
そのあまりの巨大さと美しさに、車を降りたまま思わず言葉をなくして立ち尽くす。
「すげぇ……。」
そして直後、段々とワクワクした気持ちが涌いてくる。

こんな豪華な船に乗れるなんて、一生に一度あるかないかの事じゃないか?
船上で何があるのかは分からないが、きっとしばらく我慢すればいい話だろう。
それよりも、こんな立派な船を前にしてここで帰ったら、必ず一生後悔する。

胸の内に涌いて来た興奮と共に、彼の頭もそう結論をつけた。
よく人から「おおざっぱ」と称される性格であるが、この際は「単純」と言った方が正しいだろう。
近付いてくる係員らしき男性に軽く会釈をしてみせた石井が、この結論を後悔する事になるのはまだ少し先の事であった。




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