23.誤った選択 --------------------



『え?行かない?』
焦ったような声が携帯電話の向こう側から聞こえた。
「別にいかんでもええんとちゃうんかなぁ、ほら『一身上の都合』とかあるやん。」
『いやっ、でも・・・・。』
慌てた様子の岩隈の声を聞きながら「あの時のチームメイトと会えんのは寂しいけどな」と付け足す。
中村(Bu5)は携帯電話を自分の耳と肩に挟み、バックの中に脱いだジャージを畳んで入れていた。
「五輪会やろ?俺も出たことあるからどんなもんか分かるよ。」
『でもノリさん、二枚目の紙見ましたか?」
「ん?強制参加せぇって奴?」
ズボンを横に一回折り大雑把に丸めてジャージを入れたように詰め込む。
もう畳むものが無くなったので、右手に電話を持ち左手でジッパーを閉じる。
忘れ物がないか確認しながら肩に持ち手を掛けた。
その間にも中村は岩隈へ五輪会は参加しないといい、
岩隈は二枚目の紙を見たなら参加して欲しいとの押し問答が続いていた。
『[欠席者には重大な罰則]ってのがあるんですよ?』
「でもな、よぉ考えてみいやクマ。何で俺らだけそんな強制参加せなアカンねん。」
『そりゃ・・・・あれでしょう。僕らは銅メダルだったから・・・・・』
「前の時も金取れんかったけど、そんな紙なんか無かったで。」
ひんやりと冷たいアルミのドアノブを回し、扉を開ける。
『でも、前の時はプロとアマ混合でしょう?でも僕ら全員プロの選手で行ったじゃないですか。』
そう言えばその事でよぉ言われたな、とふとあの日を思い出した。
3位に終わり、日本に帰ってきたあの日の事を。
『それもやっぱり・・・・あるんじゃないんですかねぇ。』

ぎぃっと音がして扉が開き、ロッカールームを出るとすぐ横の壁に寄りかかった。

シドニー、アテネ、オリンピック、バファローズ。
あの日のニュースは大体俺達日本代表をなじる事も無く、もう『過去』の事として扱っていた事を思い出す。
俺らが戦ってきたんは世間にはそんなもんやったんやなと感じた。
自分なりにはシドニーでの屈辱は晴らせたと思ってるし、悔いは無い。
怪我したのはチームに申し訳ないと思ったけど、正直あの環境で野球しても集中出来なかっただろう。

そこまで思いだし、大きく息を吐き出した。
今はとにかく夢に向かって頑張りたい。
「とにかく、俺は行かんで。みんなによろしく言うとってな。」
『ノリさん!』
まだ罰則がどうの強制参加がどうのと聞こえるが無視して終話ボタンを押す。
一息ついて、バックの側面に入れておいた封筒を取り出す。
誰も居ない廊下を歩き、出口へ向かう。
五輪会、強制参加、罰則か。
何であんなにクマの奴は必死になっとったんやろう、罰則で金でも取られるんのが嫌なんかな。
そう思いながら罰金を取られている岩隈の姿を想像して、中村は小さく噴き出した。
そして右手に持った封筒を両手で持ち直すと横にしたそれの中心辺りから裂いた。
びりりと紙が二つの分かれる音が静かな廊下に響く。
その時ちょうど視界にゴミ箱が入ったので、二つになった招待状入りの封筒をその中に入れた。
いつまでも過去に囚われとったらアカンのよ、と自分に言い聞かせるように呟きながら。
中村は夢へと、未来へと向かうためにまず練習場から出る扉に向かった。

引き裂かれた招待状はポツリとごみ山の上にあった。
彼は選択を間違ったのだと最初に知るそれは何も言わずにそこにいた。



「・・・・・・・・ノリさん。」

その頃岩隈は愛娘の画像になった携帯電話の液晶画面を見ていた。
大きく溜息をつくと車のキーを回し、エンジンをかける。
それでもしばらく画面を見ていた。
中村が居れば何とか行けるかと思っていた岩隈だったが、当の本人はまったく行く気が無く今も大阪にいる。
その事を思いだし、再び溜息をついた。
やっぱり行くしかないのか、元バファローズから一人も出てなかったらダメだろうし・・・・。
助手席の背にかけたタキシードを見て、岩隈は何となく胃がキリキリし始めたのを感じた。
数十秒考えた後、意を決してダッシュボードに携帯電話を入れハンドルを握った。
きらりとバックミラーにかけたイーグルスのロゴ入りキーホルダーが揺れる。

横浜港まで後何分だ?
真新しい地図は岩隈にとりあえず高速道路を降りろと告げた。
きっとこの声の主は悪魔だったであろう。
岩隈はそれを知らない。




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