21.アクアラインのその先に --------------------



東京湾横断の旅は、思ったより短かった。
小笠原道大(Fs2)と金子誠(Fs8)は、金子の運転する車に乗り合わせ、
千葉から神奈川まで海上道路を使ってショートカットしてきたのだ。
小笠原の愛娘たちが海ほたるに行きたがっているといことで、その下見も兼ねてのルート選択だ。
相変わらずの微笑ましい親バカぶりに、金子は呆れながらも付き合うことにした。

待ち合わせた時も「土産」と称して手渡された紙袋を覗き込むと、お菓子が一杯つまっていた。
それも「きのこの山」や「コアラのマーチ」など、子供の好きそうな可愛いお菓子ばかりだ。
現代のサムライと称される男の持参する物としてはかなり不似合いだが、金子にはその理由がわかっていた。
「また娘さんにねだられて、お菓子買いすぎちゃったんですか?」
「……どうも逆らえなくてな。虫歯になったらどうするんだって女房に怒られたから、少し回収してきた」

これで、少し?

金子は呆れたように袋いっぱいのお菓子と、いたって真面目な髭づらの横顔を見比べた。

どれだけ買ったんだろう。奥さんも、そりゃ怒るよ。

苦笑するしかないが、そこが小笠原の親しみ易さでもある。
その小笠原はいつも通りのポーカーフェイスで、タキシードの襟をいじっていた。
「ガッツさんも意外と似合いますね」
「勘弁してくれ、参るよ。新庄さんならこういうの得意なんだろうけど」
「あぁ、あの人は大喜びでオーダーメイドで作っちゃいそうですよね。真っ赤なのとか」
「目に浮かぶな」
派手好きの同僚を思い出して、二人は少し笑った。

「しかし、なんでしょうね、この格好」
「わからんな。船でやるっていうし、野球代表だけっていうわりにはずいぶん大げさだ」
小笠原は腑に落ちない、という表情で眉根をよせた。
彼にはこの会の趣旨がなんなのか皆目見当がつかなかった。
五輪経験のある選手に聞いてみたが、船で集まったとかそんな話は聞いたことがないという。
世間に告知してないようなのでごく内輪の会なのかと思えば、タキシードで来いという。
なにかうさんくさい。なにかアンバランス。

だが、その心にひっかかるものがなんなのか、はっきりと言葉にできるほど彼は器用ではなかった。
その彼に、更に追い討ちをかけるように金子がため息をつく。
「マスコミたくさん来てるんですかねぇ。やだなぁ」

金子の憂鬱は小笠原にもわかる。
二人とも、プロ野球選手という職業の割に目立つことが嫌いな人種だった。
特に金子は控え選手のような扱いだったこともあり、五輪関係ではあまり表に立ちたがらない。
小笠原自身も、金確実と言われていたチームが、己の不甲斐なさもあって不本意な結果に終わってしまった、と思っていた。
貴重な経験をさせてもらったには違いないが、手放しに喜べるほどの実績を残せたとも思えない。
あまり騒がれたくないのが本音だ。

しかし、そんな二人の心配は杞憂に終わった。
指定された船の停泊する周辺はがらんとして、マスコミどころか人っ子ひとりいない。
ほっとすると同時に、その妙に閑散とした雰囲気は、何故か彼らを落ち着かない気分にさせた。

「これ、ですよね?」
金子の目の前に停泊するのは、想像以上に美しく大きな船だった。
「間違いないな。『ダイアモンド・プリンセス・シー』だ。……しかし、凄いな」
さすがの小笠原も、驚いているようだ。

二人が圧倒されていると、いつの間にか背後に現れた係員らしき男に乗船ゲートまで案内された。
車は係員が近くの駐車場に預けてくれるという。
男に車のキーを渡す際、金子はふと気がついて後部座席のドアを開けた。

たしか、高橋とか甘党だったよな。持ってってやろう。

お菓子の詰まった紙袋を取り出す。
係員は少し不審げな目をしたが、何も言わずにキーを受け取り目礼した。




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