18.サムライと天使たち --------------------
「ただいまぁ!」
玄関に元気のよい合唱を響かせて、二人の娘は家に駆け込んでいった。
小笠原道大(F2)は頬を緩めてその後を追った。
そうすると、髭面のいかめしい顔がびっくりするほど優しくなる。
オフのひととき、娘二人と買い物から帰ってきたばかりの小笠原は、家族と過ごす幸せをかみしめていた。
普段、遠征ばかりで淋しい思いをさせている分、一緒に過ごせる時間は何よりも大切にしている。
「孤高のサムライ」と呼ばれる男の、意外なほどの娘への溺愛ぶりはチーム内でも有名だった。
しかし、時にはそれが仇となることもある。
居間に入ると、妻の美代子が娘たちから没収した買い物袋を手に、怖い顔で待ち構えていた。
「またこんなに、お菓子ばっかり買って!」
妻の呆れたような怒声に、娘たちはきゃー!と歓声とも悲鳴ともつかぬ声をあげながら玄関に舞い戻っていった。
こうなると本格的にお小言タイムだ。
「あなたったら本当に甘やかすんだから!だいたいあなたは普段から……」
まずい。
小笠原は首をすくめた。
しかし、延々続きそうな妻のお小言から彼を救ったのは、他ならぬ愛娘の声だった。
「パパー、おてがみきてたよー!」
長女の茉由がとたとた走ってきて、得意げに封筒を差し出した。
「おてがみー! よんでー!」
1つ下の次女の汐梨も、同じように差し出す。
「ああ、ありがとう。……なんだ?」
長女が持ってきた封筒は、差出人も書いてないそっけない白い封筒。
次女が持ってきたピンクの封筒は、美代子が受け取る。
「あら、美肌コース無料お試し券? 行ってみようかしら」
エステかなにかのダイレクトメールだったらしく、美代子は熱心に読み始めた。どうやらお小言のことは忘れたようだ。
さすが俺の天使たち。
二人の娘に深く感謝しながら、小笠原は封を切った。
それが、この幸せを壊す悪魔の手紙であると知る由もなく。
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