16.やる気のない男 --------------------



その封書を受け取った時から、なんとなくめんどうくさい事になりそうな予感が彼にはあった。


「五輪会?めんどくさいなぁ」
金子誠(F8)がその通知を読んだ際の、第一の感想はそれだった。
2004年五輪会のご案内。オリンピック野球代表が集まって行われるレセプションのようなものらしい。
適当な言い訳を用意して不参加を願い出よう、と思ったのも束の間、同封されていた別紙の内容に顔をしかめる。

[このアテネ五輪会は今大会の野球日本代表に選ばれた選手全員が 該当となり強制参加になります。
尚、欠席者には重大な罰則が科せられます。]

「強制参加か。ますますめんどいな」

ともすればへらへらしているようにも見えてしまう甘いマスクと、
クールでスマートなプレイのせいか普段から「やる気がない」とファンから言われてしまう男は、
それを肯定するような言葉を吐いてため息をついた。
わけのわからない会合に参加するくらいなら、自主トレでもしていたい。
だいたい今更、五輪選手を集めて何をしようというのだろう。

「お説教か、慰安か。強制参加というからには説教だろうな・・・」

冷静に分析してみて、ますます行きたくなくなる。

「ま、ガッツさんも一緒だし、俺はどうせオマケだろうから」

小笠原道大(F2)、通称ガッツ。
チーム内から共に五輪選手に選ばれた彼のもとにもこの手紙は届いているだろう。
彼は金子と違って他リーグ、他球団のファンですら名前を知っているチームの顔ともいうべき選手である。
エンターテイメント性あふれる新庄の加入で、
最近はすっかり「日本ハムといえばSHINJO」という風潮だが、
弱小と呼ばれたファイターズをずっと支え引っ張ってきたのは誰なのか、
ファンならずとも野球に詳しい人間なら誰でもわかっている。
選手会長にして内野の要、ついでにチーム一の高額年俸。そしてそれに恥じぬ活躍。
五輪では残念ながらあまり活躍できなかったが、日本最高の打者の1人であることは疑いようがない。
金子にとってもチームメイトの中でも最も尊敬する先輩である。

たとえばそれが球界関係者だか後援会だかなんだかの叱咤激励の会であろうと、
それとも彼が想像するのとは違うもっと別の何かであろうと。
叩かれるにしろ、労われるにしろ、自分が主役でないことはわかりきっていた。
これがジャイアンツであれば高橋と上原、同年代で実力・人気・収入とすべてが拮抗の二人であるが、
ファイターズから選出された二人のうち、
セリーグにまで名が通ってる小笠原に比べて自分がかなり見劣りするのは否めない。
もしかしたら報道陣などもいるのかもしれないが、どうせカメラやマイクを向けられるのは小笠原だろう。
そう思うとちょっと気が楽になった。
寡黙でストイックな性格や、厳しそうな外見から「孤高の人」と思われがちな小笠原だが、
責任感が強く面倒見もよくチームメイトの信頼あつい頼れる人物だ。
特に金子は同じ千葉出身で年も近いということで、仲良くさせてもらっている。
強制参加というあたりにあまりいい予感がしない会だが、彼と一緒ならばそう不愉快な思いもしなくてすむだろう。

・・・ガッツさんには悪いけど、俺は後ろでそっとされとこう。

目立つ事があまり得意ではない先輩には申し訳ないが、金子はそんな結論に達した。
めんどう事はなるべく回避。常に沈着冷静に物事を見極めて、余計な労力は使わない。
スマートにスムーズに、ただしやるべき時には全力で。
それが彼のモットーだった。

だからこそ今回も一線を引いて、おざなりに参加を決意してしまったのだ。
どうせ自分は脇役だ。
取り立てていい目をみないかわりに、さほどひどい目もみない。

金子はそんな風に思い込んでいた。
だから、いやな予感もさほど気にしないことにした。
それが自分の人生において最大の「めんどう事」への招待状であるとは、とても予測できなかったのだから。




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