142.恐怖心という名の武器 --------------------



「…とにかく、さっさと行きましょう。」
遠くうごめく二つの影から和田は背を向けた。言うか言わぬか…出した答えは後者であった。
こんな事態でも人を信じ、己を貫き通すお人よしな高橋、
冷静さと度胸、頭の回転の早さは流石としか言い様が無い宮本。
一見完璧なコンビに見えるが、この二人に共通する欠点が一つある。

(宮本さんも由伸さんも…恐怖心が足りなさすぎる。)
二人には恐怖心が足りない。故に他の者の恐怖心というものをあまり深く感じないのだろうか、危険というものに怯える感情が薄い。
(俺は武器もなければ、度胸もない…気持ちも強くないけど…)
だが、自分にはこの二人に欠けている「恐怖心」がある。
信頼していた城島に殺されそうになったとこから生まれた絶大なる恐怖心…怯える心がある。
(恐怖心は…危険を恐れるこの気持ちは…俺の武器だ。)
ならばこの「武器」で宮本と高橋を守るべきだと、和田は足早に歩きだす。
橋の人影二つに気がつかれないうちに…今ならまだ接触せずに回避できる。
そんな事を考えながら和田は、他愛の無い会話をしながらひたすら足を進める。
ほどなくして月明かりに不気味に照らされる白い灯台が、暗闇の中から突きだすような姿で見えはじめ、
三人は扉の前に立つとノブを掴み、扉を押し開ける。

「誰か…既にここに来た奴が居るようですね。」
高橋は懐中電灯で照らされた床を指さした。
「…足跡…か。道理で簡単に扉が開くと思ったわ。」
埃を被った床に残る足跡に、宮本は納得顔で頷く。
「誰かが来た事くらいとっくに勘付いておるやろうから…今は誰も居ないようやね。」
「なんでそうだと思うんです?ヤル気になってる奴が待ちかまえてるかもしれない…」
まだ怯えたままの和田に、宮本は苦笑する。
「待ちかまえて攻撃する気やったら、足跡くらい消すやろ?
足跡残したまま待ちかまえるような阿呆なんか、それこそ危険でも何でもないしなぁ。」
さすがは宮本だと頷く和田の横、高橋も同調するように頷き、さっさと螺旋階段に向かう二人を、和田は慌てて追いかける。
階段を上がりきるなり銃を向けながらも、懐中電灯でフロアを照らし出す宮本はほらな、と無人の二階フロアを指さしながら振り返る。
「…よかった…あの足跡の主は既にここから出ていったということですか。」
安堵の声と共に暗く浮かび上がる床に和田は座り込む。

「ふうん…ちゃーんと灯台の役目果たしてるっつーわけか。」
海を照らす照明にもたれかかりながら、
暗い闇を溶かしたような水面を照らす左右に動く光を眺める高橋は、ふいに己の懐中電灯により強く照らされる足下に気がついた。
「…なんだ?手形がたくさんあるな。…何で土台の方に手形があるんや?」
焦げ茶色の土台はかなりの埃をかぶっているせいか、こうして光を照らすと、
何者かがペタペタと触れたような手の跡が浮かび上がるように現れた。
そして何の気無しに光を手形を追わせるように当てながら、じりじりと周りを一周する。
「前にここに来た奴は、何か地面に落とし物でもしたんですかね…!えっ…」
きらりと光が反射した側面に、高橋は小さく声をあげる。
「宮本さん、和田。これ…鍵穴じゃないすか?…和田、ちょっとこれ持ってろ。明かり照すのに邪魔だ。」
高橋は光を照らすため、右手にある拳銃を和田に手渡し、小さな鍵穴を照らしつける。
「…でもなんでこんなとこに鍵穴なんか……」
言いかけた宮本はハッと言葉を止めると、大きく目を見開いた。
(俺らの前にここに来た何者かは、この鍵穴を探しとったって事か…?)
それはつまり最初からこの鍵穴の存在を知っていたということになる。
そしておそらく鍵を開けた。開けた事によりどうなったか…想像でしかないが、
土台の大きさを考えても、何か入っていたのではないかと宮本は考える。
(つまりその何者かは…誰かにここに何かがあると教えられたんや…)
その誰かとは…主催者側としか考えられない。宮本の顔はみるみるうちに険しくなっていく。
こんな場所に何かを隠し、何者かにその在り処を教え、鍵を与えた主催者…
宮本の脳裏に先ほどの疑惑が再び広がり始めた。

任意で選んだか偶然か知らないが、特定の選手に有利となる事を仕組んだという事をこの鍵穴が教えてくれた。
それは先ほどの己の疑惑…偶然の裏に仕組まれた可能性を彷彿させ、宮本は思わず冷や汗を流す。
(…ほな俺たちは一体どこまでが偶然で、どこまでが仕組まれとるんや…)
そこまで考えるとふいに寒気に襲われるかのように、宮本は身震いする。
「さて…このゲーム潰すにはまず一人でも多く島に散らばっている選手を集めなあかん。」
まずは今後どうするか。宮本は頭を切り替えるべく高橋と和田に意見を求める。
「皆で助かるには…一人でも多く早いうちに集めたいですね。」
考え込む高橋と宮本を、和田は信じられないように見遣る。
(ゲームを潰す?皆で助かる?そのために選手を集めるだって?)
二人は本気で言っているのだろうか。
城島を始めとした、既にヤル気になっている選手が多数居るというのに、そいつらも含めて集めると言っているのだろうかと。
(そんなの…ゲーム潰す前にこっちが…殺られてしまうかもしれないのに…)
そもそも運良く善人が集まったところで、どうやってゲームを潰せるというのか。
「島中の選手全員集めるのは無理でしょうけど、一人でも多く選手を集める方法はあります。」
頭の中で手段を考えながら、ゆっくりとつぶやく高橋に、宮本は視線を送る。
「この海を照らす照明を消せば…光が突然消えた事に少なくとも灯台が見える位置に居る選手ならば気がつくはずです。
その中の何人かは誰かが消したのかと思うはずだ。」
「なるほどな…つまりこの灯台に誰か居る、という事を知らしめるっつーわけか。」
さすがやな、と宮本は高橋の肩を叩いた。
「人恋しさでも、ヤル気満々だとしても…灯台に誰か居るんだって、
誰かしらやって来るかもしれない。皆を返すためには、まず一人でも多く集める事ですね。」
どんどん話を進めていく二人に、和田は無言のまま俯いた。

(そんなこと…させるわけにはいかない。)
この二人は人の中に住まう悪魔という存在を軽視している。
(そんなことしてみろ…宮本さんも、高橋さんも危険な目に遭うに決まってる…)
既に何人も死んでいるということは、人殺しがこの島に散らばっているのは確実であり…
「…本気で言ってるんですか?」
とうとう我慢の限界に達した和田は、ぽつりとつぶやいた。
「皆で助かる?その皆…の中には犠牲となった選手を殺した奴だって居るんですよ?そんな奴らまで助けるというんですか?おかしいですよ!」
甲高く叫ぶ和田に、声をかけようとする高橋を止め、宮本は静かな視線を送る。
「…自分可愛さに他人を殺すなんて外道もええとこやね。それは認めるわ。
せやけど…そういう奴等を外道にさせたんは誰や?客船のあいつらやろ?」
極めて静かなその口調が逆に和田をヒートアップさせたようであり、キツく眉を逆立てた。
「そんな…そんな理屈で仲間を殺した奴らを正当化するなんて…おかしいですよ!」
まったく理解できない。宮本の言葉はまるでどこぞの言葉の分からぬ国のありがたいお経のようにしか聞こえず、
和田からすれば根本的にどこから理解すればいいのやら、というくらいに理解しがたい言葉にしか聞こえない。
「私利私欲で選手を殺すような奴にあんたの言葉が届くわけないでしょう!?
血に飢えた獣みたいに俺達に挑んでくるか、ズル賢く隙を伺おうとするか…」
己の為に他人の命を奪うという堕ちた外道が、皆で助かろうなどという言葉に共鳴し、協力しあうはずがない。
自分を殺そうとした城島を和田は思いだす。
「俺…二人に感謝してます。半狂乱になった俺は由伸さんを殺そうとしたのに、
それでも…誰かを信じるという事を…与えてくれた…二人は大事な恩人なんです。」
唐突にそんなことを言い出す和田に、二人は顔をあげる。
「だから今…危険な獣達をおびき出そうとするあんた達を止めなきゃならない。
灯台の照明を消すなんてこと…させるわけにいかない。」
「せやから、それは…っ!和田!?」
困ったように言いかけた宮本であったが、和田の思わぬ行動に思わず目を見開く。

「和田っ…!」
後ろに回り込んだかと思った瞬間、背後から高橋を羽交い締めで押さえつけ、
預かっていた高橋の拳銃の銃口をその腕に押し付ける和田に、宮本は驚愕の声をあげた。
「…照明に触らないでください。触ったら…由伸さんの腕を撃ちますよ。」
「和田……」
背後から押さえつけられ、腕に銃口を押し付けられた高橋は呆然と名をつぶやく。
「本気です…死なせるくらいなら…腕の一本撃抜いた方がずっとマシですから。」
揺るぎない静かな声色で和田はつぶやくなり、高橋の背中をそっと促すように押す。
「さあ…ここから降りてください。ああ、宮本さんから先に、ね。
1階で待機することにしましょう。暗いから足下に気をつけて行きましょう。」
照明のある二階にこのまま居るのは危険だ。
いつ隙を突かれて照明を消されるか分かったものではないと強引に話を進める和田に、宮本は大きくため息をつく。
「…しゃーないな…ほな、一階に行こうか。」
宮本はちらりと照明を見遣るが、やがて諦めるように下への階段を降りていく。
「…俺なんか助けなきゃ良かったと思ってるでしょう?」
背後から銃を突きつけながら進む和田に、高橋はため息と共に首を振る。
「仲間が嫌だという事を強引に進めようとした俺と宮本さんにも非があるからな。
だからお前は強引な行動に出たまでだ…まあ…俺らも悪かったよ。」
「由伸さん…」
「お前がそこまで嫌なら…しょうがないだろ。っと、押すなって!落ちるだろ!」
恐々と螺旋階段を降りる高橋に、和田はすまなそうに、苦笑いするように笑う。
「はい、由伸さん。これは返します。…すみませんでした。」
高橋が一階に降りると同時に、和田はすまなさそうにS&Wマグナムを手渡す。
「……」
しょうがないと苦笑する高橋と比例するように、心底から納得がいかないという苦い表情になる宮本は、再びため息をつくと一階に降りた。
(今更やけど和田は…怖がりすぎや。これじゃ何もでけへんやろ…)
彼は城島の事もあり、あまりに人に対し怯えすぎている。
どうしたものかと宮本は一階の冷たい床にドカリと腰を降ろした。

【宮本慎也(6) 和田毅(21) 高橋由伸(24) A-1】




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