139.午後11時40分 --------------------



上原浩治は半ば眠気眼である家の縁側に出ていた。
露出している指や顔に容赦なく突き刺さる空気を吸い込み、一度欠伸をする。
そして二、三度髪の毛を掻いた後、体の後ろに両手をやり、空を見上げた。

「平和っちゃなぁ・・・・。」
ほんの数時間前に本当に自分はあの修羅場を体験したのかさえ疑問に思うほど、静かだ。
時折響く銃声は、その静寂の輪郭を深めさせているような気がしてならない。
何も無い、何も聞こえない。自分以外に誰も認識できない空間が上原の周りに存在していた。

『…お前には優勝した事ない奴の気持ちなんてわからへんよな。』

空を見上げているとふと清水の言葉が頭によぎる。
自分の目の前で血を噴き、死んでいった男が死ぬ直前に言い放った台詞。
「優勝したことない奴の気持ち、なぁ・・・・。」
言葉を繰り返しながら足を前後に揺らし、縁側の床に寝そべる。
両手を組み、頭の下にやると、ちょうど屋根の庇の下に月が見えた。
満月、最後に見たのはいつだったか。
ぎしりと木がきしむ音がして、上原が起き上がる。


上原は死んだ人間について考える気はさらさら無かった。
このゲームにおいての敗者は死んだ人間。
たかが敗者を考える余地なんて、今この島にいる全員が持ち合わせていないことだろう。
持ち合わせているとしたら、小林のような復讐の鬼ぐらいだ―――というのが上原の考えだった。
(まぁ、あそこまでいくと流石に余地っちゅーか、完璧敗者しか考えてないって感じやけど。)
普通に考えたら嘘かも知れない事を簡単に信じてしまった小林。
あの時の表情を思い出し上原は小さく笑った。

―――仲間ってそない大事なもんなんやろうか。
生きて帰って自分と勝負したいと言った松坂。
生きて帰ってチームを優勝させたいと言った清水。
松坂も清水も『仲間』の為に戦っていた。そして自分を『仲間』だと思っていた。

「やったら、なんやねん。」

空にあったゆっくりと流れる雲を見ながら、上原は呟く。
どっちも俺に裏切られて、負けてるやん。負けたら死ぬしかないのに。
どっちも俺を『仲間』や思うてなぁ。
やったらどうなん?『仲間』なんか無いんと一緒やん。
裏切る仲間なんて『仲間』ちゃうやろ。そんなんでも大事なもんか?
いや違う、裏切る仲間なんてどうせ―――敵でしかない、っちゅうのになぁ・・・。

「分かっとけってや・・・・。」

上原が鼻でせせら笑う。
普段でもそうではないか。野手とは打たれるか抑えるかの敵同士、投手とはどちらの力が上かを毎日のように比べあう。
その結果は失点、防御率、被打数、三振数などの数字を使って目の前に現れている。
簡単に言えば、力が相手より勝っていれば勝つ。
ただそんな単純極まりないことを繰り返して、繰り返してここに居ると言うのを自分の他に覚えている奴はいるのだろうか?

「これかて一緒やのになぁ・・・・。」
力が相手より勝っていれば、勝つ。
力が相手より劣っていれば、負ける。
負ければ死ぬだけで、後はいつも自分達が身を置いているところとは何の変わりもない世界。
だとするなら、敵は敵だ。それも変わりのないことだ。

「なんでみんな分からんのかなぁ・・・・。」
背伸びをして、上原は縁側の下にあった地面に立った。
鞄を背負いなおし、ポケットに手を入れるとふと2枚のカードが指に当たった。
すぐさまそれを取り出す。スペードの2とハートの3。
診療所で休んだ後、目に付いたテーブルの上に置かれていたものだった。
何を思って持ってきたのか、それすらもう記憶が曖昧になっている。
(っちゅーか、もうどうでもええ記憶よな。)
診療所でのことは、最早すでに過去の事でしかない。
過去の事など覚えている暇なんか無い。未来を生きるのであれば今を生きなければならない。
この島で今を生きる為には、過去の事を振り返っている場合など無いのだ。
しばし考え、上原は自分のカードであったハートの3をポケットに戻すと、スペードの2を地面に捨てた。

「『革命』、やな。」

ぽつりと口に出てきた言葉。
高校時代、クラスメイトと遊んだトランプゲームの『大富豪』。
教室で机を囲んで熱中した日を思い出し、上原は天を仰ぐ。
空には雲がかかり、姿を見せているのは月の他何もない。

「・・・・3が一番強くなんねん。」
一番弱かったカードが、一番強くなる。まさに自分だと笑った。

「さーてと、そろそろ移動しよっかなー。」
もう一度背伸びをして、上原が独り言を呟く。
小林から逃げた後からそう近くない場所で休んでいたが、そろそろ誰かが気付くかも知れない。
そうなる前に逃げるべし。殺されてから文句は言えないのだから。
縁側から玄関に回り、左右を確認する。誰もいない。
なるべく人に見つからないように壁に沿って、上原は歩き出した。
念の為、腰に差しておいた鎌を確認しておく。ちゃんとベルトに挟まっている。


そうしてしばらく歩いているといつの間にか家の間を抜け、橋の前へと来ていた。
安っぽい丸太で出来た2人通れるか通れないかの橋。
格段行く所を決めていなかった上原はその橋を通り、島の南側へ行こうと決めた。
頭の中の地図を起こし、確か島の南側には山と森と林しか無かったことを思い出す。
そんな寂しい場所に人が来るわけない、それに来たところで森や林の中で視界が利く訳が無い。
意気揚々とそう足を踏み出した時、ふとあることに気がついた。


「あれって・・・・」

橋の向こう側。
上原が向かう先に、1つ人影が立っていることに。


【上原浩治(19) G−5】




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