138.ビンタ2発 --------------------



定時放送が終わり、再び海の寄せて返す波音が島に響き始める。
それでもなお、少し道を外れた場所に座っていた相川と石井は黙り込んだままだった。
自分達が生きていた6時間の間に6人の仲間が死んだという事実が、しばらく受け入れられなかった。


「神宮に帰りたい・・・。」
慣れ親しんだマウンドで、仲が良すぎるとまで評されるチームメイト達と野球がしたい。
右を見ればプロレスラーのような内野手、左を見れば寒いギャグがブームな助っ人、前を見れば頼れるプロ野球界の生きる宝。
後ろを見れば、どんな打球も通さない球界最高の遊撃手。
自分の登板する9回前後の守備力は12球団でもトップクラスだと言える自信がある。
だからこそ安心して投げられる。もちろん出来れば三振を取りたいが、内野ゴロを打たせれば勝てると信じている。
目を閉じて、深呼吸して、再び瞳を開けば、もうそこは俺の仕事場。
神宮だけじゃない。
東京ドームだって横スタだって甲子園だってナゴヤドームだって市民球場だって、俺の仕事場だ。
あ、来年からはパの球場もだっけ。楽しみだよなぁ。
でも俺は一番神宮が好きだ。
デイゲームの終盤、登板すると目が痛いほどの夕日が神宮には降り注ぐ。
そのオレンジ色の光の中で三振を取って叫ぶ俺、うん超カッコイイ。
ホーム用のユニフォームには夕日が似合うね。近くの林の緑とあいまって、中々生み出せない色になってると思うよ。
それにホームグラウンドだし。ぐるっと一周したら大体うちのファンしか見えないし。
そう言えば最近空席多いんだよなぁ、ちょっとそれは選手としてモチベーションが下がる。
どこが悪いんだろうか。守備は巧いし、飯は旨いし、トイレは比較的に綺麗なのに。
もう少し来てもいいよなお客さん。俺らの試合ってそんなに面白くない訳じゃないのに。
まぁ強いて言えば俺ぐらいしかイケメン担当が居ないってことかな、ふふふふふふふ・・・・


「石井ー!!」


相川の叫び声と共に繰り出されたビンタをまともに食らった石井は、ようやく我に戻った。
「え?え?はい!?」
「神宮に帰りたいって言った後に黙り込むからなんだと思ったら笑いやがってこの野郎!びっくりしただろ!」
「おおおお俺何も言ってないですよ!」
「あ?なんだおまえ?俺に喧嘩売りたいのか!」
「ち、違いますよ!」
痛む両頬をさすりながら、呆れたように怒る相川相手にどうにか弁明をする。
相川は元々かなりの武闘派であることは、高校時代共にプレーした中で分かっている。
ビンタもその頃から変わらずほぼ全力。ただ当時と違うのはプロ野球の世界で鍛えた腕力、当然威力は物凄く上がっている。
何だか腫れ上がっていそうな左頬をさすりながら、石井はなおも謝る。

「ったく、しっかりしろよなー。」
人のこと言えないっすよ、とは口が裂けても言えず石井は無言で頭を縦に振る。
ようやく相川の重圧から開放された石井は、こみ上げてくる頬の痛みに耐えるべく、鞄の中からペットボトルを取り出そうとした。

しかしジッパーを下げた時、石井の手が止まる。
今相川と石井は地図で見るところの、灯台そして湖からの3つ又交差点の少し離れた場所に腰を下ろしていた。
そしてその交差点に背を向けるようにして相川、その向かい側に石井が座っていた。
交差点から石井達の場所までそんなに距離はないが、背の高い草がほどほどに生い茂っていた。
ということで交差点で何かがあれば多少見える位置に石井は座っていることになる。

では何故そんな石井が手を止めたのか。その答えは簡単だった。


「あれ・・・・・」
「ん?」


石井が驚きの表情で指し示した先は揺らめく光が3つ。
この時混乱している石井が導き出した答えは『人魂』だった。俗に言う、お化け。

「お化けですよ、ねぇお化けですよお化けですよ相川さんお化けですよ!?」

声を潜めながら石井が叫ぶ。
「俺はお化けじゃねぇぞ。っていうか落ち着けよ。」
「だってお化けですよお化け!本物ですよ俺呪われちゃったらどうするんですか!」
バシンと立ち上がりかけた石井の膝を手のひらで叩くと、相川はシッと口の前で人差し指を立てた。
黙れのサインに又仕方なく首を縦に振る石井。
しかしそれでもお化けを見てしまったショックで混乱は続く。

「呪われたらどうしようもう神宮で野球できない呪いかけられたら、いや野球が出来ない呪いかけられたら俺の家の家計簿どうなっちゃうんですか」
「金貯めてるだろ・・・・。」
「本当にどうしよう。あー俺除霊とかしたことないし、念仏唱えれば大丈夫かな」
「そもそもお化けじゃないだろ。つかお前さっきまで高いびきして寝てたくせに。」
「どうしようどうしよう俺呪われたらどうしよう」
「石井ー!!」

バシンとまた皮膚を高速で叩く音。今度はご丁寧に右頬だ。

「しっかりしろ!あれは懐中電灯、人が3人いるんだよ!」
「あえ?え、え、え、でも3人も?!」
「今は居なくなったみたいだけど、お前がいきなり叫ぶからびっくりしたじゃねぇかよ。」
バカ、と石井の後頭部に一撃。石井は練習でエラーした時のように渋い顔で患部を撫でる。
相川は溜息をつくと、出していたタオルと水入りのペットボトルを鞄の中に入れた。
石井もそれを見て慌てて周りを見渡す。
何も出していないことに気付いたところで相川が立ち上がった。

「さぁて、そろそろ行くぞ。」
「は、はい。」
「・・・・お前、こうちょっとさ、マウンドの時みたいにしっかりしろよ。」

相川が振り返り、手首をスナップさせて投げる仕草をする。
その表情は眉間に皺が寄っている、外野に鋭い打球が飛んだ時の相川そのまま。

「へ?」

しかし対する石井は練習後にいきなりカメラを向けられた時の間抜けな表情を浮かべていた。

「パソコン使えないからお前の洗剤だけが頼りなんだからよ。」
「悲しいっすよね・・・・。」
「うるせーな、行くぞ。」
自分に背を向け、ずんずんと進み始めた59番に遅れまいと石井は後を小走りで追いかける。
神宮でマウンドに向かう時のように。

ストッパー石井弘寿が小走りする場面。
それは大概、逆転のピンチの時なのだけど。


【相川亮二(59) 石井弘寿(61) B−2】




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