137.脇役の逆襲 --------------------



今までこれ程までに緊張した事があるだろうか?大木を背に金子はじっと息を潜めながら思った。
息を吸って吐く、というのはこんなに疲れる事だっただろうか?
未だ緊張が解けない金子の視線の先には、三浦が銃を持って座り込んでいる。

数十分前。突然の藤本の叫びに反応し、金子は咄嗟に明かりを消してその身を茂みに隠した。
自分の俊敏さに感謝しつつ少し離れた場所に身を移すと、三浦が走ってきた。
三浦は辺りを見回して金子の名前を呼んだ。だが金子はその呼びかけに答えなかった。
藤本を襲ったのが三浦でないならば、叫びを聞いた時藤本の所へ行くはずだろう。
だが、三浦はこちらに来た。一人では怖くて行けず自分を探しにきたのか?
否、こんな状況で自ら声を出すのは自殺行為に等しい――自分の身の安全を確信してない限りは。
そう。呼びかけられた瞬間金子は確信したのだ。三浦が藤本を襲ったと。

あれからしばらく経つが、未だに自分と三浦以外の人の気配を感じないのが何よりの証拠だった。
金子は藤本を助けに向かおうともせず。何処か遠い場所へ避難しようともせず。
ただ三浦の姿が確認できるギリギリの距離で大木に身を隠し息を潜めたまま、今に至る。

12時を告げる放送は少し前に流れた。藤本の名前が呼ばれなかった事に僅かに安堵感が込み上げる。
叫びを聞いても助けようとは思わなかった。元々そのつもりだったのだから後悔もしていない。
だが呼ばれなかった事に安堵を抱いたのだから、もし呼ばれていたら多少罪悪感は感じただろう。
(それでも、俺の表情は変わらないんだろうな…。)
藤本に言われた事を気にしてはみるものの軽い嘲笑で済ませる。
そんな事より藤本に与えられた支給品の行方の方がずっと重要だった。
探知機。逃げる事を目的とする者には欠かせない最高の道具。
(三浦さんが俺に気づかない所をみると…まだ藤本が持っているのか?)
藤本が叫んだ拍子に落とした可能性もある。もしそうならあんな便利な物を捨て置くわけにはいかない。
だが闇夜の森の中では位置が全く分からない。うかつに動けば藤本が叫んだ場所も分からなくなる。
早く三浦が何処かに移動してくれればいい。そうすれば探知機を探す事が出来る。

しかし金子の意に反し三浦はその場に座りこみ、今も動く気配は無い。
このままでは埒が明かない。金子は何かに使えればと足元に広げた自分の武器を見た。

落とし穴を作ったセラミック製のシャベル。
(銃持ってる相手に接近戦できるはずねぇだろ…。)
殺虫スプレーは近距離から中距離の人間の顔に向ければ一応武器にはなるが、
(だから、三浦さんは銃持ってんだって。)
パンジーの種は市販の袋に入っていた。封を空けてみれば十数粒の種が掌になだれ込む。
(こんな物を投げつけても大して効果無いし…。)
プラスチックの植木鉢は小振りな物で、お世辞にも強力とは言えない。
(…これもなぁ…近づく事さえ出来ればなぁ…。)
デラックスと書かれてある割には小さい袋に入った白い粒状の肥料。一粒の重さはかなり軽い。
(くそっ…藤本や三浦さんみたいな便利で協力な武器はないのかよ…!)
金子が手に力を込めて握りつぶすと、肥料は音も立てずに粉々に崩れた。

不公平だ。何故自分がこんな支給品で藤本や三浦があんな有利な支給品なのだろう?
小笠原や城島、松坂や上原のような人気も力も兼ね備えた球界の至宝と差別されるならまだしも、
藤本や三浦は自分とそう大差無い。だが彼らは武器に恵まれている。その理由はすぐに見つかった。

(……リーグか…。)

彼らはセリーグ。自分はパリーグ。ああ、何て分かりやすい図式だろう。
命が関わったこのゲームにまでリーグの人気は関わってくるという事だろうか?
それは単なる偶然。だが金子はその偶然の先に先に見えない差別があるとしか思えなかった。
(…パリーグで存在感の無い俺は、生き残る価値無しって事か?)
そう思うと、足元の武器まで自分に向かって暗に「死ね」と囁やいている気さえする。
金子は苦虫を噛み潰したような顔で――何かを諦めたような眼差しで――己の掌を見据える。
粉々になった肥料が手の平に滲む汗を吸ってベタつき、更に苛立ちを煽られる中、
ふと。死ねと囁くその武器達が告げる一つの事実に金子は気づく。

植木鉢。肥料。スプレー。シャベル。種。足元に散らばる物言わぬ武器達。
自分に与えられた武器は「1つ」ではない。その事実は万が一の可能性を生み出す。

それは恐らく誰も期待していなければ望んでもいない可能性だろう。
何故なら自分は脇役だ。脇役は主役の引き立て役に過ぎない。主役にはなれない。
だから今まで主役の為に良き脇役になろうとした。
自分を犠牲にし他人を活かした事も多々ある。それを誇りに思い頑張ってきた。
しかし―――――それはあくまで野球選手としての話。

(俺は…こんな所で自分の命まで犠牲にするつもりか…?)
放送ではもう何名もの名が呼ばれている。このままでいたらいつか自分も名を呼ばれるだろう。
己の問いかけにしばらく考え込んだ後金子は首を小さく横に振る。それが答えだった。

ベタついた拳を握り締める金子の目に、どす黒い感情が宿る。
視線の先にはリーグに恵まれた幸運な男が強力な武器を片手に座り込んでいる。


シマウマが今、別の動物に変わろうとしていた。


【金子誠(8) 三浦大輔(17) G−2】




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