136.最高の褒め言葉 --------------------



「向こうの方が面白い、か…そうかもしれないな。」
暫し城島と無言のまま見据えあった後、静かに岩瀬は口を開く。
「そうですよ。向こうは二人も居るんだから。」
平然とした様子で答えながらも、城島は注意深く岩瀬を探る。
岩瀬の持つその刀は暗闇に妖しく光り、見ているこちらが息が詰まりそうで、思わず城島は視線を逸らした。

(俺は銃だ。どっちが有利かといえば俺かもしれないけど…)
目の前の岩瀬は当初の嫌な予感、会いたくないと願う予感を遥かに上回るほど、
恐ろしいものを感じ、やりあう事は徹底的に回避したい。
「…お前はつまらない。俺は生きている奴とやりあいたいんだ。」
首を傾げる城島に、岩瀬はうっすらと笑った。
「お前からは何も感じないんだよ。何が何でも生き残りたいとも、恐怖も、誰かの力になりたいとも…」
「そうかもしれませんね。そんなの面倒なだけですから。」
生き残りたいが、死んだら終わりという単純なゲームと割り切っている。
恐怖も仲間意識も面倒なだけだ。
「お前みたいな奴を生きているとは言わない。死んでないだけだ。そういう奴を斬ってもつまらないし…こいつが可哀想だ。」
愛おしそうに刃を見つめながら岩瀬はつぶやくと、不思議そうに城島に向き直す。
「お前はなんで死なないんだ?」
またも不可解そうな城島に、岩瀬もさらに不思議そうな顔をする。
「この状況で生きている事自体が面倒だろう?面倒なら死ねば済む話なのに。」
城島の瞳が微かに揺らぐ。考えてみれば尤もな素朴な疑問であろうと。
その動揺を知ってか知らずか、目の前の岩瀬はふいにひらめいたように、大きく頷いた。
「ああ…それとも面倒だって逃げる事がお前にとっての『生きる』なのかな?」
「…!」
血が逆流する感覚、というのをこの島に来て初めて味わった。
おそらく此処へ来て初めての激昂、という感情に、城島は自分でも気がつかないうちに引き金を引いていた。
パンッ…と乾いた音が響き、弾丸は岩瀬の後ろの木にめり込む。

「へえ…少しはヤル気になったようだな。面白い。」
発砲されたというのに、少しも驚く様子無く、嬉しそうに笑う岩瀬に城島は舌打する。
(俺は…馬鹿か。せっかくこの人の興味が逸れてたのに…)
興味を引かんばかりに発砲してしまった。一瞬でも頭に血が上った事を後悔する。
「待ってください。俺はあんたとやりあうなんて面倒な事はしたくない。それがあんたの言う面倒だって逃げる、という事でもね。」
岩瀬に言われた逃げる、という言葉は不快極まりないし、殺せるものなら殺したい。
それくらいに腹は立ったが、今はその時でもないし、それに飲まれる程愚かじゃない。
「あっそ。…時間の無駄だったな。あっちの二人の方が面白そうだ。」
ニヤリと笑うなり岩瀬は背を向け、もはや城島の事などその存在自体を忘れたかのように軽やかに走り去って行ってしまった。
「…くそ。」
堂々と背を向ける岩瀬は、まさに撃てるものなら撃ってみろといった様子であるが、
あんな恐ろしいモノ相手に攻撃を仕掛けては面倒では済まない事になる。
(岩瀬さんはあの二人を追いかけて行った…)
つまり、和田と岩隈を含め、3人の大戦になる可能性は高い。
(全員相打ならラッキーだけど、そんな上手く行くわけねぇし…)
だが、3人の大混戦となれば誰かしら死ぬか、もしくは重傷を負う可能性も高い。
(3人で争いまくってもらった後に…)
その隙を突いて誰かしらを仕留める、あわよくば数人仕留める事ができるかもしれない。
(面倒だけど…これは最大のチャンスかもな。)
隙を突く隙自体が無いとしても、3人の戦いぶりを観察するのはためになる。
そう判断した城島は踵を返すと、急いで岩瀬を追いかける。
「…!っと…」
程なくして岩瀬の背中が見え始め、再び足を緩めた瞬間、目の前の死神のような男は凄い勢いで走り出した。
(な、なんだぁ…?)
まるで茂みを風が吹き抜けるように素早く、その細身の体をくぐらせながら走る岩瀬を追いかけるのは困難であったが、
それでも何とか後を追う城島の視界が突然開ける。

「…!」
ザアッ、と茂みを揺らす音と同時に天上で輝く月のが見えた。
そして逆光でうごめく影が大きく伸び、手前の影を飲み込むように飛びかかった瞬間…
何かを断つような嫌な音と、叫び声が聞こえ、城島は思わず茂みに身を隠す。

「あああああっ!」
咽の奥から搾り出すような、鋭い悲鳴。それが和田の悲鳴だと分かった時には、
既に彼は月光の下、血しぶきをあげる左肩から背中を抑えながら地面に倒れていた。
「わ、和田…さん…」
突然の事態にただでさえあまり回転してくれない思考が、さらに鈍ったかのように
岩隈は呆然と和田を、そして血で濡れた刀にうっすらと笑いかける岩瀬を見ると、
ヘナヘナと腰を抜かすように膝をつく。
「い…わせ…お前…」
「…悪くないね。」
激痛と混乱で息も絶え絶えに見上げる和田の声などまるで聞こえず、
岩瀬は満足げに相変わらず刀に見ほれていた。
「良い音だった…けど、骨にぶつかった音はイマイチだったな。やっぱ背中を斬るというのは、良い行為じゃないってことか。」
自ら反省するようにつぶやくと、岩瀬は和田を見下ろす。
「それに…思った以上に斬れなかったな。反省しますよ。」
「……」
この男は危険…いや、狂気であることは間違い無い。
突然の事であってもそれだけは十分すぎるほど分かる事だ。
和田は呻きながらも、何とか岩隈に振り返る。
「岩隈…にげ…ろ…早く…」
せめて岩隈だけでも…ここは自分一人でなんとか踏ん張り、岩隈だけでも。
和田は必死に声を出すが、岩隈はただガチガチと震え、目を見開くだけであった。

「こりゃまた想像通りのリアクションですね。なるほど…思ったより悪くない。」
善人の部類に入るであろう和田の言動は、岩瀬の想像通りであったが、
これが善人の言動と焦りかと考えると、想像よりも楽しめそうだ、と笑う。
「死ぬことより、死なせる事の方が怖いですか?さっきの面倒くさがり…いや、怖がりよりも遥かに面白いですよ。」
自然と声が上ずるのが自分でも分かる。それほどに今、岩瀬は高揚しており、
それをさらに高めるかのように、今度は岩隈に刀を向ける。
「ヒッ…嫌だ…はやく、はやく…俺を起こしてくれよ…」
「…まだそれ?それ、つまらないよ。」
ガチガチ震えながら、頭を抱えて蹲る岩隈に、岩瀬は落胆のため息を漏らす。
そしてこういう自分の世界に入ってしまってる者を殺すのはつまらない、
それはよく分かったと、再度和田に意識を向けた。
「岩隈、助けたいですか?だったら必死になってくださいよ。」
左肩を抑え、唇を噛みしめる和田に笑いかける。
「俺もね、こんなつまらない奴をこの刀で斬りたくないんですよ。
だから必死になってください。俺を楽しませてくれたら、こいつは助けますよ。」
そんな岩瀬の言葉に、和田は憤怒とも悲哀ともとれる瞳で睨みつけながらも、何とか立ち上がろうと、ぐっと右手に力を入れる。
「…良かった。あんたは楽しませてくれる人だった。こっち選んで正解でした。」
岩隈を助けようと、斬付けられた体を立ち上がらせようとする和田は、
岩瀬にとっておそらく、この島に来て始めて価値を見いだす事ができた人物であり、
そのことに心底から感謝するように声を震わせた。

「和田さん…あなたはこの刀に斬られる価値のある人だ。これはね、最高の褒め言葉ですよ。」

【岩瀬仁紀(13)・岩隈久志(20)・和田一浩(55) D-3】




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