135.計画成功 --------------------



階段を上がりきり、完全に暗闇に包まれたフロアに着く。
本来は白で統一され、異国情緒がそこらかしこに溢れていたはずだが、懐中電灯の光だけではどうも見えないらしい。
辺りを探るように見渡しながら歩く。
しかし電気が完全に落ちているということは誰も居ない証拠であろう、少しだけ緊張感を解く。
紙袋を持ったまま、高木豊は中畑と大野を後ろに懐中電灯片手でフロアを進んでいた。

「気味が悪いな・・・。」
その時、誰かが呟く。気味が悪い、と。
よくよく考えてみれば当たり前だろう、と思い、首だけで後ろを振り返る。
高木の背後には、相変わらず厳しい表情の大野と眉をしかめた中畑が居た。

「気味が悪いって当たり前じゃないですか。人の居ないところ選んだんですから。」
まさか返事が返ってくるとは思わなかったのか、中畑が一瞬すくむ。
いや、もしかしたら自分が怒っているように聞こえたのかも知れないと高木は思った。
少し前の言葉を頭の中で再生すると、無駄に語尾を強調する地元の方言が少し出ていたように感じる。
別にそんなつもりなかったのに。高木は心の中で思う。
思っていると困ったように謝る中畑の声が聞こえた。
振り返る気力も出ず、声に背を向けたまま、怒っていないことを告げると再び前を向いた。

その間中、ずっと大野は黙っていた。高木にとってはそれの方がむしろ気味が悪い。
何せ相手は現役中でさえも本気で怒った姿を見たことがない人間、堪忍袋の緒がすぐに切れる自分とは全く話が違う。
今だって表面に出ないように必死に堪えているのだろうか。
だとすればこの船では一番まともな人間だろう。人の死に悲しみ、非道な行動に怒る点においては。
気付かれないように大野の表情を伺い見る。
大野は奥歯を噛み締め、じっと明後日の方向を見ていた。

右手をタキシードのポケットに入れ、手の感覚で鍵を取り出す。
そろそろ目指していた扉が見えてきた。重厚な扉の向こうにあるのは、ある意味この船らしい部屋であろうか。
古めかしいデザインの鍵は、小さい頃に見たグランドピアノのそれによく似ている気がした。
鍵を目の高さにまであげると懐中電灯が作り出す、それこそ不気味な不気味な影が鍵を染める。
「さ、そろそろですよ。」
誰ともなく声をかけ、扉に駆け寄る。続いて2人が駆ける足音を聞きつつ、一番右端の扉に懐中電灯の先を当てた。
その扉には昼の日差しであれば美しく見えるであろうつる草の装飾が扉の周りを囲っている。
意外と質素な感じを受けたが、よくよく見てみればドアノブの辺りがやはりとも言うべきか、豪華絢爛であった。
磨きぬかれた金色のドアノブ、それには懐中電灯の光で見る限りでも過多と思えるほど花々が咲き誇っていた。
美術的に見て美しいのかも知れないが、あいにくそういった知識をほとんど持ちあわせていない高木にとってはドアノブに装飾を施す辺りからして分からない。
2人が自分に追いついたのを確認し、高木は思考を打ち切った。

「・・・・いきなり走るなよー。」
「ああ、すいません。」
さっきの雰囲気から脱したいのか冗談めかして口を開いた中畑に素っ気無く返事を返し、手に持った鍵をドアノブの下に差し込む。
鍵の先で鍵穴を見つけ、深く差し込む。
差し込んだまま、左に回すと錠前が上がる音がした。

鍵を抜き、重い扉を開けると目の前が開ける。懐中電灯をそこらかしこに当てると様々な色が場所によって浮かんできた。
焦茶、黒、銀、緑、ある意味色鮮やかな部屋に足を踏み入れる。
時計を見ると11時45分になろうかという時間だ。元々であれば、この部屋は今が一番盛り上がっているはずである。
この部屋―――すなわち、カジノ場は人が居なくては盛り上がらない場所である。
そう考えれば盛り上がるどころか沈黙を続けている理由も、至極分かりやすい。

大野か中畑が後ろ手に扉を閉めるドンと鈍い音をきっかけに、近くにあった円状のテーブルに腰掛けた。
自分の後に続いて2人がそれぞれ右と左に分かれて革張りの椅子に座る。
手に持ったままの紙袋と懐中電灯をテーブルの上に置くと、高木はまた立ち上がる。

そして一番近くのゲームテーブルの、普段であればディーラーがトランプを入れているであろう引き出しを開けた。
引き出しの中に入っていた2つの物をしばし見つめた後に、取り出す。
光に近付くにつれ、その2つの輪郭がくっきりと鮮明に映し出されていく。
やがて輪郭がきちんとしたフォルムを持ったとき、中畑と大野が息を呑むのが分かった。
当たり前だろう。再び高木は心の中で呟く。

「はい、お2人ともどうぞ。」
「・・・・本当に、持ってきたのか?」
「えぇ。流石に武器が入ってそうな倉庫には見張りが居ましたから、行けないと思ってたんで。」
テーブルの上にそれを置く。
名前は忘れたがかなり有名だと思われる銃が2つ、テーブルの上に載った。
「見張りがって・・・・お前、ならどうしたんだよ。」
目を大きく見開き、コミカルとも思えるような目つきで銃を見る中畑。
実際は真面目に見ているのだろうが、高木にはどうもそう思えなかった。
印象というかイメージが固まって、今そこにある事実をはっきり見ることがよく出来ない。自分の短所らしい短所だ。
「ああ・・・拝借してきました。」
「拝借って・・・。」
「一応僕盗塁王でしたから、朝飯前です。」
銃に呆然としている中畑、銃を手に取り眉間に皺を寄せたままの大野を横目に、高木は紙袋の中に手を入れた。

紙袋の中身は山ほどある菓子と、ミネラルウォーターの入ったペットボトル3本。
とりあえずあるだけ取り出す。食べかけたするめも取り出す。
途端にテーブルに溢れかえる菓子に、ようやく中畑と大野が気付き、銃を持ち上げた。

「何だその菓子は」
驚いた中畑の声が右の耳に入り、謎の紙袋のいきさつについて簡単に話した。
とはいっても『メインシアターにあった』だけだが。
「誰のか分かんないですけど、非常事態ですから。お2人ともお腹減ってるでしょう?」
黙々と菓子とミネラルウォーターを取り出し、テーブルの上に並べる。
「食べましょうよ、『腹が減っては戦は出来ぬ』でしょう?」
「しかしだなぁ・・・。」
否定の言葉を告げると、中畑はちらりと大野に意味あり気な目配せをした。
別に食べないのなら僕全部食べますよ、と文章を口に出そうとした瞬間、気難しい顔のまま大野が口を開く。

「・・・・頂きましょう、中畑さん。」
「えっ?」
「高木の言うことにも一理ありますから。」
意外と穏やかな声が聞こえ、また中畑が驚いた。
高木はその光景を見つつ、ミネラルウォーターのペットボトルを1本手に取った。
底を確認して、蓋を開ける。そして一気にあおると、温まっている体が少し冷えたような気がした。

しばらく、黙りきったまま3人は菓子の袋を開け、食べていた。
中畑は不服そうな顔であったが、それでも空腹だったのだろう。一番多く食べているのではないだろうか。
大野はバランスよく、といっても所詮菓子なのだからバランスが悪いが、それでも律儀に食べているようだ。

全員のペットボトルと菓子全体が半分ほどが空になったところで、高木はさてとと話を始めることにした。
「ちょっといいですか。今からなんですけどー・・・・。」
懐に手を入れ、捜してきた船内の地図を取り出す。地図というか、パンフレットだ。
中畑と大野がそれに注視する。テーブルの上で広げ、懐中電灯の光を当てる。
もうすぐ12時だ、急がないと。

「今、ここなんですよ。」
ペンを取り出し、ノックした先でこのカジノ場を指し示す。
で、と続け2つ上のフロアの最前列、左側の部屋をペンで囲む。黒い丸が部屋を覆う。
「それでこの部屋が多分あの人。それでこの2つがー、星野さんと宮内さん。」
同じフロアで部屋番号で言えば700と701、エレベーターを挟んで向かい合っている部屋をそれぞれ軽く丸で囲む。

「・・・・確実な情報か?」
「ええ、暇だったんでちょこちょこ隠れつつ見てたらその3部屋だけ見張りがついてたんで。」
尋ねてきた大野の顔を見る。
さっきの少しだけ柔らかくなった表情から一転して、マウンド上で見たことのある恐ろしいほど集中した顔になっていた。
心の底から思ってはいなかったが、怖いなぁと呟く高木。
また時計を見ると、12時まであと5分をさしている。
パンフレットをまじまじと見つめる2人を見て、高木は目を細めた。

「まぁ、でも行くとすれば明日の昼ですかね。」

「・・・明日!?」
「明日ですよ明日。今日はもう遅いし、昼の方が・・・」
大野は2時間か1時間前ほどのリプレイのように激しく立ち上がる。
つい1分ほど前とはうってかわって、大野は体中から殺伐とした気配を発していた。
メインシアターで会ったぶりだろうか、大野が自分に対してこんなにも敵意を向けてきたのは。

「その間の選手たちの命はどうなる・・・・。」

低く大野が高木に尋ねる。
ああもう時間ないのにと苛立ちを隠せないまま、高木は答えた。

「殺しあってないことを祈るしかないですね。時を待つしかないんですよ。」
「何でそうお前は・・・!」

悲痛とも怒りともとれる声で大野は高木の胸倉を掴もうとする。
いや『する』というよりは、『したようだった』と言うべきか。


何故なら、大野の指先は高木の胸の1歩手前でぐらりと落ちたのだから。
そしてその振動が体全体に伝わったかのように大野の体が揺れ、揺れて、テーブルの上に上半身が揺らめきながら落ちていく。
多少、大野が呻いたようだったが、高木には聞こえなかった。


それからしばらくして、再び静寂が戻ったカジノ場。
静かになった2人をしばし眺めた後、高木は手首につけた時計を見る。
12時ジャスト3分前、息をつきながら高木は他の2人が飲んだペットボトルを手元に引き寄せた。
その内の1本を手に持ち、上から下に反転させると底に貼ってあった小さなセロハンテープが現れる。

「・・・・最近は蓋開けないでもドーピング出来るそうですよ。」

誰も聞くはずのない独り言を口に出すと高木は立ち上がり、1つ背伸びをした。
首を回しながら、規則正しい呼吸をしている大野と中畑がそれぞれ銃を持っていることを確認する。
確認が終わると高木は懐中電灯と、自分が飲んでいたペットボトルを持って踵を返した。
そしてシャツのポケットから、1つキャラメルを取り出して口の中に入れた。
牛乳の味がさほどせず、甘いカフェオレのような苦味が広がる。

高木は出口付近で一度だけ振り向くと、カジノ場から出て、鍵をかけた。
多分もう明日の、それこそ昼まで2人は目を覚まさないだろう。まぁ永遠に眠られても困るのできちんと量は調節したつもりだが。

愛想笑いのような表情を浮かべながら、高木はエリーゼのためにから始まる放送を聞いた。
読み上げられた名前に一瞬だけ、黙祷を捧げた。
もっとも、自分のような人間に黙祷を捧げられても選手たちは怒るだろうな。また高木は曖昧に笑う。

「良かったですね、大野さん・・・。」
高木は誰彼となくカジノ場に向かって呟くと、再び階段に向かった。


―――何はともあれ『計画』は成功。しかし、次なる手も打っておかなければ。
『計画』の精度を更に高めるためにも、また『計画』を進行させるためにも―――
暗闇を睨み、歩き続ける高木。
時を待つしかない。自ら言い放った言葉を不意に思い出す。

そしてまたもや高木は腕にはめた時計を見た。
時刻は12時過ぎ。まだまだ時は来ない。




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