134.風のように --------------------



耳に障る放送が終わると同時に、谷は地図を折り畳んで鞄にしまう。もう眠気は頂点に達していた。
だが後ろでは藤本が何事かを呟きながら禁止エリアを書き込んでいる。眠る前に相手にすべきか、否か。
答えは決まりきっていた。谷は辺りに注意を払いつつ藤本に出来る限り小さい声で声をかける。
「………おい。」
「あ、谷さん!?」
藤本が振り向くと、懐中電灯の眩しい光が谷の顔を襲う。
闇に慣れた目に突如降り注ぐ強い光を思わず片手で遮り、その腕の下から伺うように藤本の顔を見据える。
まだ落ち着かない様子の藤本は、谷を確認するやいなや鞄を持って猿のように素早く近づいてきた。
「あのですね!!!俺、ずっと金子さんと森の中にいたんですけど、三浦さんが来て、
 相川さん探してたけどひとまず寝るって言い出してしょうがないから俺と金子さんが見張りしてて、
 三浦さんが起きたら次どっち寝るかジャンケンして決めて俺がチョキ出して勝って、
 そしたら三浦さん起きたから、俺寝る前に用足しとこうと思って念の為鞄持って立ち上がって、
 それで、茂みの中に入ったら…何かきたんですよ!!」
マシンガンのように早口でまくし返してきた藤本に呆気に取られた谷は疲れた脳で必死に思案する。
ただでさえ出される単語を理解するのに時間がかかるというのに、この速さでは何一つ理解できない。
「…早すぎて何言ってるか全然分かんねーよ…。」
不機嫌を隠す事無く乱暴な返答をすると、藤本はビク、と肩を竦める。
「え!?いや、だから、何か、後ろから、バチッと…!俺、ビックリして慌てて逃げ出して…」
普段見ていた谷とあまりにも違う表情に戸惑っているのだろうか?
自分の反応を伺いつつ慎重に言葉を選ぶその仕草も煩わしく感じた谷は精一杯の作り笑いを浮かべる。
「…すまん、俺が悪かった。とにかくもう一度ゆっくり話してくれないか?」
「ですから…俺、森の中で人探してたら金子さんの作った落とし穴にはまって…
 でも、落とし穴作るって悪趣味だと思いませんか!?あ、でも、もしかしたら実は武器が
 シャベルってのは嘘で本当はもっと別の武器だったんじゃ…?うわ、鞄持ってきといて良かったー!」

(…駄目だ。何話しても理解できそうにない。余計混乱しそうだ。)

状況を把握するのを諦めた谷は強い語調で藤本の言葉を遮り、ゆっくりと木に寄りかかった。
「もういい、もう何も話さなくていい。俺もう眠いんだよ。寝たいんだよ。放っといてくれ。」
率直にこの場から黙って去れと言えないのが辛い。こんな時まで気を使う自分の性格に嫌気が差す。
さっさとこの場所から離れてしまえばいいのだろうが、今の自分の足は歩く事を強く拒否している。
「こんな所で寝てたら風邪引きますよ!」
「足、怪我してて動けないんだよ。」
「じゃあ危ないやないですか!!」
(…お前が更に危なくしてるんだよ…早く気づいてくれよ。)
叫ぶ訳にはいかなかった。叫べば自分の存在までバレてしまうし、何より怒鳴る気力が無かった。
溜息すら出ないままがっくりと肩を落とし、谷はもう一度藤本を見据えた。

「……要するに、誰かがお前を襲ったんだろ?」
「やっぱりそうですかね…。」
「やっぱりって…顔くらい見たんだろ?」
谷の言葉に藤本は激しく首を横に振る。
「いやもう怖くてすぐ逃げ出したんで…あー、何か、人間不信になりそうですわ…。」
はぁ、と深い溜息をつき藤本は静かにその場にへたり込む。
ここに居つかれてはたまらない。谷は冷ややかな表情を隠す事無く藤本を睨む。
「…お前、これからどうするつもりなんだ?…頼むから一緒に行動したいとか言わないでくれよ?」
先に予防線だけは張っておく。案の定藤本は谷と行動したかったようで目を丸くさせる。
…こんな奴と一緒に居たら危ない。谷の意見は先程より微妙に変わっていた。
藤本は谷のそんな意図を全く見抜けず、出そうと思っていた言葉を見事に封じられ考え込む。
どうせ逃げるとか、隠れるとか。そういった情けない事を考えているのだろう。谷はそう予測した。が、
「とりあえず、集落の方に行こうと…」
「………集落?何で?」
明確な目的地がある事に違和感を感じて呟くと、藤本は言葉を詰まらせる。
「…あ、いや、ほら、あそこなら家とかあって隠れやすいでしょ?」
結局それか。谷は内心落胆する。こいつも逃げる事しか頭に無いのかと。
岩隈のように夢に逃げない点ではまだ現実の中で逃げる藤本の方がまだマシだが。
「…隠れても無駄だろ。このゲームは一人になるまで続くんだぞ?」
「こんなゲーム、そのうち絶対に中断されるはずですよ。」
「誰が中断させられる?」
「え?それは…警察とか…。」
「向こうだって隠蔽工作位してるだろうさ。そう簡単に警察は来ないだろ。
 普通に考えたら、助けが来る前に皆が死ぬ方が早いんじゃないか?」
「…じゃあ、どうすればいいんですか!俺、死にたくないんですよ!!」

死にたくない。数時間前にも聞いたはずのその言葉が無理矢理その時の記憶を呼び起こす。

―――死にたくない…死にたくない…死にたくない!―――
―――そっちが…そっちが死んでくださいっ!お願いしますっ!!―――

藤本の死に怯える姿が、先程の岩隈と重なる。谷は呆然とそんな藤本を見据えた。

なあ、お前ら端から見たらどれだけ情けなく見えるか分かってるか?誰だって死にたくないんだよ。
お前らは逃げるだけか?逃げる事しか出来ないのか?泣き叫ぶだけで、足掻く事すらしないのか?
俺は違う。俺は戦う。例え相手が誰だったとしても……自分が納得いかない理由で死んでたまるか!


「………俺が、止める。」
小さく呟いた言葉が静かに森の空気に溶け込む。


「…え?」
「俺が、このゲームを止めてやる。だからこれ以上俺の邪魔をしないでくれ。」
「誰も邪魔したりしませんって!」
「してるよ。大声出して走り回りやがって…せっかくいい寝場所見つけたのにさあ…。」
この足が満足に動けば、とっくにバットで殴り殺してる所だがそうもいかない。
邪魔者はとっとと去れと言わんばかりに睨みつけると、藤本の口からは意外な言葉が飛び出した。
「…じ、じゃあ役に立って見せますよ!それで許してください!」
「……どうやって?」
怪訝そうに睨む谷に身を竦ませながらも、藤本はゆっくりと鞄を担いで立ち上がる。
「た、谷さんはここで寝るつもりやったんですよね?それを俺が邪魔したんですよね?
 じゃあ俺がまた叫びながら走れば、周りの注意はそっちの方にひきつけられるでしょ?」
「……できるのか?」
「何とかなります。いえ、何とかしてみせます。」
藤本の声は自信を帯びていた。その自信は何処から出てくるのか理解し難かったが、谷は小さく頷いた。
「…わかった。じゃあそれで許してやるよ。」
辺りには人の気配がない。今藤本に囮になってもらえれば自分が見つかる可能性は低い。
思いがけない幸運がようやく谷に安堵の溜息をもたらす。
藤本は辺りを見回して地面に落ちていた何かを見つけ拾い上げると、再び谷の方を向く。
「あの…谷さんは、本当にこのゲームを止めるつもりなんですよね?」
「ああ。」
「何か方法とか思いついてんですか?あの船に乗り込む方法とか。」
藤本に聞かれて初めて谷は自分がまだ具体的な破壊手段を手にしていない事に気づく。
ゲームを潰す。邪魔する奴は殺すと決めてるのに、肝心なゲームの潰し方をまだ見つけていない。
「…全然。起きたら考える…呆れたか?」
嘘でも思いついたと言えば良かったかもしれないが、追求されるのもしんどいと思った谷は素直に答える。
藤本は小さく首を横に振った。少しだけ微笑っているように見えたのは眠気による錯覚かも知れない。


「…じゃあ、また会いましょう!」

…また?谷は眉を潜めるが、藤本はそれよりも先に走り出していた。
再度、大きな叫び声が森に響く。先程とは逆にその声は谷からどんどん離れていく。
谷は力の無い笑みを浮かべた。その笑みは藤本が走り去って行った方に向けられている。

深夜の森の中で叫びまわる。それはどれほど危険で勇気の要る行為だろう?
誰がゲームに乗り、誰が追い詰められているのか分からないこの状況で、何故そんな事ができるのだろう?
自分が絶対にゲームを止められる保障は無いのに。具体的な案も無い上に、怪我までしているのに。
それでも藤本は危険を省みず飛び出していった。そして、その行為が自分を助ける事になるのは確かだ。
彼の言った通り彼ともう一度会う事が出来た時は、温かい言葉の一つでもかけてやるべきだろうか?

(…そういえばあいつの武器…何だったんだ?)

三浦や金子の武器もロクに聞いていない。彼らがどの辺りにいて何をしていたのかも。
藤本が自分の所に来れた理由も、自信有り気に囮役を買って出られた理由も知らない。
(あーあ…肝心な所聞き逃したな…。藤本ももっと手短に話せって…。)
次に会った時は温かい言葉をかけるより先に、分かりやすい話し方を伝授するべきかもしれない。
だが、それよりすべき事は多々ある。それを果たすためにも今は一刻も早く眠りにつかなければ。


徐々に藤本の叫び声が遠くなっていく中、谷は静かな眠りに入っていった。


【谷佳知(10) 藤本敦士(25) F−2】




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