132.混迷 --------------------



『お前ら起きてるか?放送の時間やぞ。』

しばらく夜風に当たろうとぼんやりしている間に時間は早くも過ぎたらしい。
学校を背もたれに座っていた小笠原は空を見上げ、それから視線を手元の名簿に戻した。

『それじゃあ死亡者から行くぞ。15番黒田博樹、27番木村拓也、11番清水直行!
 3人か、まぁまぁなペースで進んどるみたいやな。』

3人、か。小笠原はひとりごちる。
その内の2人、黒田と木村は自分が看取ったのだ。いや、看取ったと言うかは目の前で死んだと言うべきだろう。
黒田は自分が持っていた毒を飲んで、木村は異常なまでの出血量が原因で、どちらも小笠原の目の前で死の瞬間を迎えた。
そしてどちらとも、満足そうに笑って死んでいったのだ。
名簿をどことなく指でなぞり、小笠原は奥歯を噛み締める。

『じゃあ次。禁止エリア行くぞ。今回も2回言うからしっかり聞いとけや。』

眠いのか不機嫌そうな声で早足で放送が進む。
しかし小笠原は名簿を見つめたまま、地図と入れ替えようともペンを持とうともしなかった。
機嫌の悪い放送をただ漠然と右耳から左耳へと通過させているだけだった。

『1時間後にBの6、2時間後にCの1、3時間後にIの3、4時間後にCの7、
 5時間後にAの2、次の朝6時の放送ぴったりにDの2が禁止区域になるからな。
 ええか?もう1回しか言わんぞ。1時間後にBの6・・・』

小笠原は目を伏せると、鞄の中から木箱を取り出した。
最初に比べると明らかに軽くなったそれの蓋を開く。4つあった瓶が3本しかない。
その3本の内、1本の薬瓶を手に取る。
さすがの満月の月光でも印刷された文字には及ばないのか、何が書いてあるかは読めない。

『さっきも言うたけど、次の放送は朝の6時や。睡眠取るのも戦いの1つやからな、ちゃんととっとけよ。』

語尾を短く切断するように鈍いノイズが入り、放送が終わった。
ノイズが入ったと同時に小笠原は薬瓶を木箱の中に戻す。そして蓋をして、元の通り鞄の中に収めた。
それから改めて座り直すと、小笠原は両膝を立て、その上に腕を置く。
そして、1つ意識して息を吐いた。
ふと見上げた空には、雲の隙間からちょうど満ちた月の姿がくっきりと映っている。



(俺は・・・・生きるべきなのか?それとも、死ぬべきなのか?)
目に突き刺さるような月光に目を細めながら、考える。

中村、安藤、村松、黒田、木村、清水。もう6人も死んだ。
最後に放送で名前を呼ばれた清水は、自分に『死ぬべき人間ではない』と言い、懸命に生きようとしていた。
なのに、死んだ。死を望んでいる己よりも早く、死んだ。
何故、生を望む清水には死が訪れたのか。

それだけではない、目と鼻の先にある野球場のマウンドで笑みを残し倒れている黒田。
『プロの投手』として、マウンドの上で死ぬことを望み、マウンドの上で死んだ男。
自分の誇りのために、自分のプライドのために、死を決意した。
何故、そんなにも誇りとプライドのために死ぬことができたのか。

そして、自分の両腕の中で静かに笑い、息を引き取った木村。
死の間際でも野球が好きだと言い、笑った。今でも指には木村にボールを握らせた時の感触がありありと残っている。
一度だけ起こした過ちを懺悔し、子供の頃に戻ったような純粋な笑顔を遺して、死んだ。
何故、死の間際だというのに笑えたのだろうか。

蟻地獄のように、もがけばもがくほど小笠原の心は暗闇に向かって速度を増す。
生きればいいのか、死ねばいいのか。選択したその先には一体、何があるというのか。
もがけばもがくほど、考えれば考えるほど、分からなくなっていく。

「何で・・・・」

小笠原は震えていた。寒さか、怒りか、悲しみかも分からない。
訳の分からない塊が体の中心から液体のように少しずつ、
しかし段々と体の隅々まで根を張り巡らせているかのごとく、じんわりと吐き気がこみ上げてくる。
頭も痛くなってきた。小笠原は壁に手をつきながら、何とか立ち上がろうとする。
が、吐き気と頭痛はますます酷くなるばかりで再び座り込む。
その拍子に学校の外壁に使われていた木の皮を爪で剥ぎ取ってしまった。
右中指の爪の痛みに気付き、手を見る。そこには木村を抱きかかえた時についた血がまだかすかに残っていた。
それを見た時、小笠原の頭の中が突如くらりと揺らぐ。
くらりくらりと振り子のように揺らぎは強さを増し、めまいがする。
小笠原は口元を右手で押さえると熱のこもった息を吐いた。そして、その息と同じように吐き出すかのごとく、呟く。
「・・・誰か、俺を殺してくれ。」

誰か、俺を殺してくれ。
もう限界だ、と続けた言葉は空気に振動せず、地面に落ちて消える。
その言葉と共にどさりと地面に手をつき、静かに横たわる。
疲労と迷いが更なる仲間を呼び続け、小笠原は心身のバランスを完全に崩してしまっていた。
もう限界だ。もう終わりにしてくれ。そう叫び続ける心は体と連携を取れず、一人でに歩き出す。
もう、何も考えたくない。考えれば考えるほど、ますます分からなくなって―――。
左腕を頭の下に通し、顔のかたわらに右腕を置く。

ふと、左目の端に映った満月はなおも丸かった。
しかし煌々と輝き続けるそれはバランスの崩れきった小笠原にとって、最早疲弊する対象でしかなかった。
見ているだけで目が光を浴びすぎると文句を言ってくる、ただそれだけの存在になっていた。
何もかもに疲れ果てた小笠原は月を見ることさえ辛く、目を閉じる。そして右手を握り締めると、ゆっくり息を吐いた。
考えたくない、誰か、誰か早く俺を―――。



「・・・・俺を、殺してくれ。」

遠い場所で、何かが割れた音がした。



【小笠原道大(2) H−4】




戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送