131.厄介者 --------------------



深夜の森の中、一層草や木が生い茂る場所に谷は身を潜めていた。
撃たれた右足を抱えるように座り込み、右足から流れる血が完全に止まるのをじっと待つつもりでいた。
この辺りなら明りを消せば誰かに見つかる事はないだろう―――音さえ出さなければ。
幸い、痛みは耐えられないものではない。右足は痛みこそすれど動かせない程ではない。
致命傷を避けたのは先程の岩隈同様、自身のアスリートとしての能力か。
もしくはその岩隈の射撃能力の低さか精神状態のお陰だろうか?
深く考えて結論を出すまでには至らなかった。脳がそれ以上考える事を拒否したのだ。
(……眠い…。)
岩隈と出会い、殺そうとして返り討ちにあい、つい数十分前にも何物かに狙われて。
思えばゲーム開始が告げられた時から今まで心休まる時など一時も無かったのだ。
血の気が引くと同時にこれまでの疲れが睡魔となって押し寄せてきた。
森の暗闇と静寂が心地良い。今までどれだけ音や視界に気を使い続けていたのかが分かる。
(…寝るか…?)
このまま眠気に身を任せて寝たとしても、この程度の寒さなら凍死する心配は無いだろう。
だが他の理由で死ぬかもしれない。生きていたとしても風邪を引いて今より不利な状況に陥るかもしれない。
しかし、起きていても今の腕は少し離れた所にある金属バットを引き寄せる事すら拒んでいる。
数歩歩いて手を伸ばせば届く位置にあるのに。体がもう動きたくないと悲鳴を上げる。
冬の冷たさに晒された重い武器を振り翳せるだけの力と気力が、今の谷には無かった。
(…こんな状態じゃ起きてても寝てても同じだな…。)
こうしている間にも体が眠れと脳に囁き続けている。寝るなら早い方がいい。朝はすぐにやってくる。
だが寝る前に12時の放送だけは聞いておかねばならない。禁止エリアを聞き逃す訳にはいかない。
(今、何時だろ…?)
谷はポケットから腕時計を取り出すと、木から漏れる月明かりに照らした。
はっきりとは見えないが長針は12時を指している。それを確認すると再び腕時計をポケットに戻した。
心配しなくても、深い眠りに入る前にあの耳障りな放送は聞こえてきそうだ。
今はもう目を開けている事すら辛い。谷が肩の力を抜いて、ゆっくりと目を閉じようとした――その時。

(……?)

何かが聞こえる。人の声だと確信するのに多少の時間を要した。
しかも今の疲れきった思考力では、その人間が何かを叫んでいるという事しか理解できなかった。
(誰かが誰かに殺されかけたのか…?)
それなら叫ばずに物陰にでも身を潜めればいいのに。自分のように。
そうしないのは馬鹿か、岩隈みたいな精神破綻者か。
(どっちにしろ関わりたく無いな…。)

だが。そう考える谷の望みとは裏腹に、声は徐々に大きさを増していく。

「誰かー!!」

はっきりと聞こえた人の声は、何処から放たれているものか完全には判断できない。
だが声が大きくなっているという事は、確実に自分がいる場所に近づいてきている事。
(何で…こっちに来るんだ……!?)
それを考えている間にも相手は何処かからか凄い勢いで草を踏みつけて走ってくる。
相手の声に敵意は感じられない。純粋に誰かに助けを求めている声。
今、自分に戦う力は無い。しかし厄介者を迎え入れるつもりも全く無い。
(…とにかく……バット!)
谷は咄嗟に金属バットの方に手を伸ばすが、人はその金属バットの向こうから姿を現した。
しまった―――そう思った瞬間、谷は己の耳を疑った。

「おあっ!?」

相手の驚愕の声と激しく転倒する音が耳を衝き、谷は思わずその光景を凝視した。
相手の足元には谷が手にしようとした金属バットが空しく転がっている。
(…こんな状況でもこんなヘマをやらかせる人間がいるのか…。)

月明かりに照らされる間抜けな人間の背中の番号は25―――藤本敦士。
それを確認すると谷はゆっくりと立ち上がり、重い足取りで金属バットを拾い上げる。
藤本は打ち所が悪かったのか、倒れこんだまま全く動く気配が無い。

(…今のうちに、殺しておくか…?)

藤本に敵意は無いかも知れない。だが力を合わせた所で足手纏いにしかなりそうにない。
だが放っておいても後々厄介な存在になりそうな気がする。つまり―――邪魔だ。
邪魔な奴は排除できるうちに排除しておけば後々楽だろう。谷はそう判断してバットを振り翳す。
簡単だ。これを藤本の頭に向かって何度か振り下ろすだけでいい。
目が、耳が、右足が、頭が。全てが疲れきった今の自分でもできる。何度か、振り下ろすだけで。
(そうするだけで、後はバットと重力が勝手にこいつを殺して…)

「もう嫌や…」
「は?」

突然放たれた藤本の言葉に谷が生返事を返すと、藤本は突如凄い勢いで起き上がり、再び叫びだした。

「痛い!痛い!もう嫌や!もうこんなん嫌や!家に帰……!!」

藤本の驚くほど幼稚な悲鳴は、午前零時を告げるあの曲に空しく掻き消された。


【谷佳知(10) 藤本敦士(25) F−2】




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