129.高エンカウント区域 --------------------



城島は茂みの中を進んでいた。冬だと言うのに枯れもせず、足元にまとわりつく草木を踏みつけつつ。
時折辺りを見渡しながら、用心深く静かに進んでいた。
移動を開始してからどれほど経ったかは分からないが、結構時間は過ぎているだろう。
こうしてただ移動している間にも誰かと誰かが殺しあってればいい。無駄な労力を使わずに済む。
(なるべく体力は温存しとかねぇとな。)
そう思いながら、城島はベルトに挟んだニューナンブを手に取った。

総弾数5発。説明書に書いてあった通り、確かに使いやすい銃ではあるが銃撃戦ならかなり不利になるだろう。
ついさっき近くで発せられた銃声は明らかに連発式、しかもマシンガン系の銃声。
持ってるのが誰かは分からないが殺意や何やらを持たなきゃ、マシンガンなんてものそう簡単にぶっ放すことは無いはずだ。
それと結構近くで聞こえたということを合わせて考えてみると、
その系統の銃を持ったそいつに出会う可能性がそれなりにあるという答えが出る。
全く面倒くせぇ奴だな、と頭を掻きつつ銃を再びベルトとユニフォームの間に入れる。

それから数歩歩いた時だった。城島はふと引きずるように歩く足音に気付き、立ち止まった。
そして息を潜めると、懐中電灯を切り、再び銃を手に取る。
右手にあった大木に身を隠しながら、その向こう側にうごめく影を見つけた。
斜め4、5メートル後ろを自分の進行方向から移動する影は足を庇って歩いている。足音はこいつか。
懐中電灯を切ったせいでまだ目は慣れていなかったが、
夜というにはやけに白んだ闇だったのが幸いし、おぼろげな姿はすぐに分かった。
鞄の中から双眼鏡を取り出し、目を当てる。
見えたのは地面と右足の大腿部辺りが変色している様と、杖代わりに使っているバットのようなもの。
自分がいることに気付いていないらしく、右足を引きずりながらではあるがただ真っ直ぐ前を見て歩いている。
そしてその人物の背番号は―――10。オリックスの谷。
念の為、双眼鏡を覗き確認する。間違いなく背ネームも『TANI』。

(へぇ、意外だな。結構温厚派かと思ってたけどな。)
そう考えているとふとホームランを打った時に見せたあの招き猫のような谷の笑顔が脳裏に浮かんでくる。
(ここじゃ何が起こるかわかんねーなー、あー怖い怖い。)
城島はにやりと笑うと右手に持った銃の撃鉄を引いた。
多分武器はあの杖にしているバットのようなもの。怪我もあるから反撃はまず無いだろう。
大木から少し身を出し、ずりずりと進む谷の背中に銃口を向ける。そしてトリガーを引いた。

「・・・・・・!?岩隈かっ・・・・!」

小気味よい破裂音がして、谷が真後ろを振り返る。銃弾はどうやら谷のすぐ横辺りの木にめり込んだらしい。
左手に持った双眼鏡でその光景を見つつ、不意に城島は谷のまとう雰囲気が尋常ではないことに気付いた。
たった一言ながらどこまでも憎しみを込めた呟きと、ギラギラとした目つき。
特に目つきは普段の打席で見せるそれよりもっと釣りあがり、もっと激しく醜い炎に包まれているように思えた。
(岩隈に相当恨みあるみたいだな。)
谷が近くの木にもたれ、バットのようなものを握り直したのを見て、城島は木の根に座り込む。
別に殺してもよかったが、岩隈を殺してから死んでもらった方が労力が少なくて済むと気付き、銃を元の場所に戻す。
そして谷の目が自分の今いる方向ではなく、来た道を向いているのを確認して、今得た情報を整理することにした。

「岩隈、ねぇ。」
自分でも聞こえない程度に呟きながら名簿を取り出す。呟いた名前の横には塗りつぶされた丸がついている。
頭の中で情報を箇条書きに直しつつ、城島は名簿を見た。谷の名前の横には何も書かれていない。

1つ目に、銃撃で反応したということは、岩隈が谷を撃ったらしい。
2つ目に、そのせいか知らないが、谷は岩隈を殺したがっている。
3つ目に、地面に血が落ちているということは、谷が怪我したのはそんなに前の話ではない。
4つ目に、今までのこととあの銃声を総合して考えると、岩隈はマシンガン系統の銃、谷はバットのようなものを支給された。

(よくやる・・・本当によ。)
まずその情報を名簿に記入する。空欄だった谷の名前の横に星印と、その横に『バット?』と書き込む。
岩隈の名前の横にあった黒丸の上からバツを付け、星印に書き直す。そして『マシンガン系銃』と追加した。
そしてついでに背番号6と24の名前の横にも黒丸を追加、後者にはもうひとつ『銃』と書いたところでペンを止める。
ふと谷の方を伺いみたが、もうすでにどこかへと行ってしまったようだ。
城島はようやく大きく息を吐くことが出来た。

「ったく・・・・・どいつもこいつも暇人だな・・・・」

ピンと名簿を指で弾き、もう一度息をついた。銃に銃弾を1発つめ直すと城島は立ち上がる。
(殺し合いなんて七面倒な真似よく出来るもんだ。)
そこら辺は尊敬する、再び歩き始めつつ、また頭を掻いた。
暗闇に結構目が慣れてきたので懐中電灯はつけずに谷が来た道を歩く。


そしてそれから間もなくぐらいだろうか、それとも何十分と歩いただろうか。
茂みの中を隠れるようにして歩いていた城島の耳にまた足音が届く。それと話し声。
足音は絶え間なく聞こえていたが、話し声はぽつぽつと随分な間を置いて聞こえた。
(あー、今度は誰だよ。)
茂みの中から道に顔を出してみると月が隠れておりよくは見えなかったが、2人ほど並んで歩いているのが見えた。
目を凝らして見ると特徴的な2人の髪型で背番号を見ずとも、城島はすぐに名前が分かった。

「・・・・和田さんと岩隈かよ。」

思わず呟いた。そしてあまりにも両極端すぎる髪型に苦笑いを浮かべる。
さらりとした長髪の岩隈に対し、例え帽子をかぶっていてもかぶっていなくてもさらりとなびくはずも無い和田。
(ありえねー、マジ面白い。)
妙な取り合わせだと考えつつ、双眼鏡で二人の様子を覗く。
どうやら話しているのは和田だけらしい。
岩隈の表情はうかがい知れなかったが時々首を縦に降ったり横に振ったりしているぐらいだ。
ただ岩隈の歩き方にあまり生気が感じられないのが気になった。
谷を撃ったぐらいだからもう少しやる気に満ちたオーラを漂わせているのかと思っていたのだが―――。

双眼鏡を持っていた左手を下ろす。あの2人は殺さないことにした。
その理由は2人が向かっている方向には谷がいるということ。
(憎んでる谷さんが岩隈を殺す展開になれば、向こうにとっちゃ面白いだろうな。暇つぶしにはなる。)
無防備な55と20を見て、ふっと笑った。
どんな状況か知らないがわざわざ殺されそうな方向に向かって歩いていることはこちらにとってはありがたい。
無駄な労力を使わずに済むのだから。

「結構人に会うもんだなぁ・・・・・。」
背伸びをして、一度欠伸が出る。そしてあぁあの時しっかり寝りゃあよかったと城島は苦笑した。


その瞬間だった。城島は気配を感じとり身を翻すと、近くの木の陰に隠れる。
それと共にコツンと小石が隣の木に当たる音がした。銃を手に取り、石が投げられてきた方向を確認する。

「誰だか知らないけど、結構出来そう・・・なのかな?」
「あんたですか・・・・」

城島はつい返事を返してしまった。足音高く隠れている木に近付いてくる人物に、呆れた声色で。
そういえばさっきの小石、最後曲がってたな。と思い出す。何回も見たあの小石の軌跡。
足音が止まり隠れたまま、目だけで相手が銃を持っていないことを確認する。
両手があるもので塞がっていることに気付き、木の陰から出た。
思った通り、この島に上陸してから一番会いたくなかった人物が目の前に立っていて城島は自分の不運を呪う。
その人物が右手に持った懐中電灯は地面を向き、うっすら笑みの浮かんだ顔に適度な影がかかっていた。
うんざりとした表情で城島は右手を上げ、銃口を目の前の人物に向ける。
目の前の人間は驚くどころか、笑っていた。



「・・・・・なんだ城島か。向こうよりお前の方が面白いのかな?」
「さぁ?俺は向こうの方が面白いと思いますけどね。・・・・・岩瀬さん。」


【城島健司(2) 岩瀬仁紀(13)  E−3】




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