128.最高と最低が同居する --------------------



目の前の液晶ディスプレイを見つめていた。そして2、3度瞬きをして背伸びをする。
長い間画面を見るのは慣れていたつもりだが、と前置きしつつ眼鏡を外し、こめかみを押さえた。
腕時計を見るともうすでに10時を回っていた。

「こりゃあいけんな・・・。」

立ち上げていたソフトとOSを終了させ、椅子から立ち上がる。
首を回しつつ、短く息を吐いた。さざなみの音と合わせるように床が少しだけ揺れる。
ノートパソコンを畳んだ後、それを置いている机の右上に設置された四角く黒いインターフォンのボタンを押す。
3つある内の右から2番目のボタンを押すと少しの雑音のすぐ後に、聞きなれた声がする。

『何か御用でございましょうか。』

ホンマによぉやってくれるな、と思いながら続けた。

「ネズミについて何かあったか。」
『特に動きは。さしずめ最終回ランナー一塁でスリーバント失敗1アウト、
 といった様子だとの報告が上がってくる以外は何もありません。』
「そうか。おもろいこと言うな。」

―――こっちが大量得点しとるがな。
心の中で付け加えつつ、短く感謝とねぎらいの言葉をかけ、さっき押したボタンの右隣を押す。
するとインターフォンに静寂が戻った。その後、椅子にかけたスーツを腕にかけ、一枚の書類を持った。
深く呼吸をすると、部屋から出る。
部屋から出た先はきらびやかな割には気味が悪い廊下。その廊下にひかれた赤い絨毯の上を歩みつつ、上着を着込む。
適度な温度設定がなされているのか、冬真っ盛りというような寒さは見つからない。デッキに出れば話は別だろうが。
そして一つ目の曲がり角を直進しようとした際、左手側に人影が目に映り立ち止まる。

「おや、こんな時間に・・・・奇遇や。」
「ええ、僕もそう思ってましたよ。」

前髪に少し白が入った男はそう言い、曖昧な笑みをその口元にたたえた。
よく見れば、彼も同じような書類を同じように一枚、右手に持っている。

「あんさんも何か案でも?」
「いや、僕のは拙案で。ご覧になられるほどのものでもないですよ。」
「とかいうて。行く先どうせ一緒でしょう。」

最後の一言に反応したのが見えた。もっとも、わざとらしい反応ではあったが。
目の前の男―――燃える闘将こと星野仙一は試合中とは違い、柔和な表情を浮かべている。
そして右手に持った書類を軽く差し出すようにしてきた。

「・・・・ま、そうですし。」

どうも、と言いつつそれに目を通す。そしてふむ、とだけ呟いた。
―――中々面白い案やないか、実現できる可能性も高そうや。

「まぁ参考までに、という形で出しに行きますがね。」
「ほう。偶然やけどわしも案を出しに行こうと思うてんのや。」

ひらひらと紙を空中で揺らす。星野に書類を返すのと一緒に、この紙も一緒に渡した。
星野はしばらく紙を見て、黙り込んでいた。
表情は柔らかいまま、ただ目つきは明らかに変わっている。

「・・・・これはこれは。」
「まぁあんさんのには負けるけどな。」
「いえいえとんでもない。私も去年だけとは人数的にも寂しいと思っていましたから。」
「いや、これからの球界のこと考えたらあんさんの案がええと思いますよ。」
「恐れ入ります。」

書類が返ってくる。その眼差しはどこか違う場所、壁の向こうの島でも見ているようなものであったが。
その目を見つつ、とりあえず、と切り出しスイッチを入れなおす。

「私が先に行ってもよろしいかな?明日までには本土に帰らなくてはいけないのでね。」
「ええ、構いませんよ。好物は二つに分けた方がいいでしょうから。」

それでは先に。そう言って廊下を再び歩き始めた。
一歩、二歩と歩いたところで立ち止まった。振り返ると星野と目が合った。
思わず二人して苦笑いを浮かべる。
そして笑いが収まった後、この船に乗ってからどうしても言いたかった台詞が口をついた。

「君は」
「はい。」

何故こんなことをこの男相手に言いたかったのかは分からない。
ただしかし、どうしても言いたかったということははっきり分かっている。



「わしが野球を純粋に好きだと言ったら笑うか。」

星野は軽く肩をすくめた。

「僕は笑いませんね。あくまで僕は、ですが。」

奇妙な気分になった。違和感たっぷりの連帯感とでも言うべきものが一瞬垣間見えた気になった。
星野は口元だけで軽く笑うと踵を返して歩き出す。
その革靴を履いた足が少し遠ざかったところで半回転した。
そして手に持った提案書を見つめた。

これを今からあの人に差し出す。だとしたらあの人はきっと顔を歪めて笑うに違いない。
意識せずに溜息が出てしまった。やれやれ、歳だな。

「・・・・結局のところ、わしもあの人もそう違わんっちゅうことかの。」

あの人ようにはなりたくなかったはずだが。結局は似るんか。
再び歩き始め、自虐的に笑った。朱に交われば赤くなるとはこういうことを言うのだろうとの意味も込め。

「・・・・野球が好きなんやけどなぁ・・・・。」

2、3度声を立てて笑い、それ以降の笑い声は喉の奥に押し込む。

―――経営に余計な私情など挟んではならないのだ。それが私の信念なのだから。
私は確かに野球が好きだ。
しかしそれはあくまで『私』の部分ではあるが、経営とは『公』である。球団経営だって例外な訳ではない。
例えファンから補強費がすくないと言われようがなんだろうが、結果的には利益を出さなければならない。
だとすれば真っ先にどこを削れば赤字が減るか?簡単なことだ、人件費を減らせばいい。
人件費を減らすためには、まず新しい選手をあまり雇わないことといい選手をなるべく安く雇うこと。そして少数にすることだ。
少数にするとは簡単に言えばリストラのことだ、
しかしプロ野球球団というものはいらないからと30人40人減らせるものではない。
それはプロ野球球団が公共物であるからだ。
公共物である以上いくらこちらの意見があるとは言え、そう30人もやめさせることは不可能だ。
世間体もあれば、新しく入団する選手がこちらのチームに持つイメージや印象というものがある。
もし30人減らせたとしても、他の球団いやむしろ選手にしてみれば、
『あの球団はすぐに捨てる、思いやりのない球団だ』と言われることは間違いない。
大体、いらないものはすぐ捨てるのが経営のイロハのイである。それを分かっていないのが困る。

選手の無知とは嫌なものだ。少し活躍すれば大幅に年俸を上げろという。
上げたら上げたで活躍しなくなったらあんまり減らすなという。
確かに体を酷使しているのは分かるが、
ちゃんと年俸分働いている選手は全球団中何人いる?12球団合わせて、せいぜい4、5人だろう。
年俸分以上の成績を残せたと思ったら、それはきちんとした成果だから評価する。
だが多くの選手達は評価がないのに上げろという。言語道断極まりない。
健全な経営のために、必要のない選手は切るべきなのだ。そう、切るべきなのだ。
そしてこれは、健全な経営のための絶対にやらなければならないプロジェクトである。


「・・・・本心って何やろな。」

そう呟き、廊下の真ん中に位置する扉の前で立ち止まった。
―――オーナーの自分とただの野球愛好者の自分、どちらの本心が心に多く占めているのか。
少し考えて、やめた。
今はそんな事どうでもいい。これは一応れっきとした『プロジェクト』なのだから。
持っている球団、ひいてはそれに関連する全てのことに関わる重要な『プロジェクト』だ。
頭を振り、部屋番号を確かめると数回扉を握り拳で叩く。数秒遅れ、中から声がした。

「どちら様でございましょうか。」

静かで冷静な声、さっきインターフォン越しに聞いた声とよく発音が似ている。
だからどうだともいう話ではない。
舌で乾いた唇を湿らせると書類を持っていない手で握り拳を再び作った。そして、声を出した。


「私だ、宮内だ。」




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