127.砕け散った誇り --------------------



(俺は優勝もした…そうや、俺は選ばれし人間なんや。それなのに…)
上原は淡々とした瞳で倒れ込む清水を見下ろす。
(なんで優勝もしたこともないお前等と同じ土俵でこんな事せなあかんのや?)
そんなのおかしいやろ…上原は口元を歪める。
「…すまんな…直ぐに小林さんにも後追わせたるからな。」
「…!」
溢れる鮮血を抑えようと、両手で咽を押さえていた清水はその言葉に目を見開くと、落ちている銃に覆いかぶさるようにうずくまる。
(往生際悪いな…友情ゴッコならあの世で存分にやれや。)
銃を奪われまいと必死の清水に、上原は再度鎌を振り上げる。
「ナオ?ここにいるのか?」
背後から聞こえる声に上原の手が止まった。寝ていた筈の小林の声であった。
たまたま目が覚めたのか、それとも懐中電灯が落ちた物音が微かに聞こえたのか、
とにかく小林は目を覚ましてしまった。これは大きな誤算であり、上原は舌打する。
「暗いな…なんだ、懐中電灯落ちて…」
待合室に数歩足を踏み入れるなり、小林は驚愕で目を見開く。
光に照らされた清水…咽を押さえる手元、ユニフォームを真っ赤に染め上げる姿に暫し絶句するしかなかった。
「ナオ…?」
声を詰まらす小林に、上原は勢い良く突進した。隙をついて小林を仕留めるしかない。
どんな武器であっても今なら…上原は躊躇無くその鎌を1番狙いやすい胸部に突き刺す。
「…ぐっ!」
その衝撃に小林はたまらず息を詰まらせるが、
上原は予想していた手ごたえと違う事に戸惑うように鎌の先端を見るなり、絶句する。
小林の胸部からは血の一つもあふれず、鎌の先端はユニフォームに埋まったままであった。
「…!なっ…お、まえっ…!」
せき込む小林に上原は暫し絶句していたが、やがて慌てて鎌を引き抜こうとした。
(くそっ…防弾チョッキか!)
破けたユニフォームから見えた防弾チョッキに上原は舌打する。
小林の支給品は武器ではなく、防具だった…
上原は小林を思いきり突き飛ばすように、何とか鎌を引き抜いた。
(ちくしょうっ!このままじゃ俺一人で3人いっぺんは無理や…)
ならばどうするか…全神経を思考に集中させる上原。
(ええか、俺…よーく考えろ…)
神経を研ぎ澄まし、一息ついた上原は突然、恐怖で顔を引きつらせる。
「ナ、ナオッ…すまんっ…だ、だから、だから俺は嫌やったんや!」
小林と寝ている筈の松坂、どちらも始末するには…
最悪一人だけでも始末するには…上原は脅えた声を演じる。
「だ、大輔が小林さんが寝た隙にナオを殺せって俺に…ナオは負傷しとるから…
その後で小林さんを殺せばええ、そうすりゃ二人消せるってあいつが…」
今は退散するしかないが、このまま逃げるだけでは芸が無い。
どうせなら、上手く行けば自分にとって結果オーライな仕掛けをしよう。
松坂を主犯格に仕立てるべく上原は叫ぶ。
「俺は嫌やと言うたのにっ…従わんかったらあの手榴弾で木っ端みじんにしたるって脅すから…俺は、俺はっ…」
泣き叫ぶ上原は、それでも逃げ道を確保するように出入り口に向かう。
こうなれば一秒でも早く退散するに限る。
(あとは小林さんと大輔がやりおうてくれたら…上手くいきゃ二人とも…)
仲間を斬られた小林は、流石に尋常でいられないであろう。
松坂がどう弁明しようが、聞く耳も頭も無いはずだと上原は計算すると、
清水に小林が駆け寄る隙に一目散に逃げ出した。

「ナオッ…どうして…待ってろ!今、手当を…」
喉元からあふれる鮮血を押さえる清水は首を小さく振る。
既に気管は嫌な音をたて、喋る事さえままならなかった。
「ナオ!頼むから!頑張ってくれよっ!頼む…」
「…ょ…う…」
「ナオ?何て言って…」
言いかけた小林は言葉を止める。気管から空気が抜ける音、
血が溢れ、ゴボリと跳ねる音しか聞こえない清水の口元…

優勝――

確かに清水の口元はそう動いた。優勝…その聞こえはしないが伝わった言葉に、小林は大きく頷く。
「ああ、ああ…優勝しような。30年が何だ…俺等ならできる。
お前が投げて、俺がビシッと抑えてさ…まあ、俺の事だから大舞台でもいつも通りハラハラさせちまうだろうけどな…」
そんな小林の言葉に清水は小さく笑い、頷く。
「お前な、何頷いてんだよ。そんなこと無いって言えよな。ったく、ビールかけの時、覚えてろよ。」
いつの間にかあふれていた涙を拭うことなく、小林はただ語り続ける。
清水は頷いたまま、己の血で濡れた指を小林に向けた。
「俺?俺がどうした?」
清水は小林の問いに頷くと、今度は己に指を差す。
「お前?俺はお前の…?」
さらに大きく頷く清水は、最後の気力を振り絞るように口を動かす。

『誇り』
聞こえない声が確かにそう言ったのを把握した小林は、何とか笑顔を作る。
「俺もだ…お前は俺の誇り…お前をそう信じる俺も誇れる…」
そんな小林の涙で擦れた声に清水は今一度笑い、何度も小さく頷くと、
俺も、俺もと言いたげに何度も己を指さした。
「だから…なあ、ナオ…頑張ってくれよ。頑張って…」

言いかけた小林の言葉が止まる。
清水の宙に上がった手がパタリと落ち…その瞳は既に硬く閉ざされていた。

「ナオ?…馬鹿!目を覚ませ!ナオ…お前…」
泣き叫び、清水を揺さぶるが、清水はただ静かに笑ったまま動かない。
動かない清水を抱きかかえ、小林が慟哭した時…
「雅さん!一体何が…」
騒ぎを聞きつけた松坂が、手榴弾を手に診察室に入ってきた。
「…ナオを…俺とナオを殺そうと…」
「え?な、何を…!ナオさんっ?」
血まみれの清水に驚愕する松坂であったが、ゆらりと立ち上がる小林の尋常でない様子にさらに目を見開いた。
「待ってください!何言ってるんですか!俺にはさっぱり…」
何が何だか分からない…松坂は首を振るが、
血まみれの清水のブローニングを小林が攫んだのを確認すると、咄嗟に身を翻した。
同時に銃声が響き、弾丸はドアにめり込んだ。
「…!くそっ…何なんだよ!どうなってるんだ!」
意味が分からぬまま混乱を押さえるように松坂は逃げ出す。
憎悪に燃える目で松坂を追おうとする小林であったが、
側で横たわる清水の遺体を見ると、その身を震わせ、再び慟哭するように床を叩き付ける。
「…許さない…絶対に…絶対に殺してやる…」
冷たくなり始めた清水の手を握り、ただひたすら殺してやると呟く。
清水という仲間を、誇りを砕かれた小林はただ呟きつづけるのであった。

【小林雅英(30)G-4】【清水直行(11)・死亡 残り18人】




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