126.犬 --------------------



「もうすぐ9時か・・・・。」

ポケットから取り出した腕時計を見つつ、福留孝介は呟いた。
少し歩みを止め、近くの木を背もたれにして座る。逆手に持った懐中電灯は地図と福留の険しい顔を照らし出した。

F−7がもうすぐ禁止区域になる。
地図から目を上げた福留は道の少し先を見つめた。見つめた先も道は続いている。
だが、後もう少しでその道は進めなくなる。
何のせいで?首輪のせいで。
―――まさに今の俺らそのもの、だな。
胸に溜まった息を吐きつつ、地図を畳んでポケットの中に入れた。

ふと福留は思い出し、首輪を軽く持ち上げた。
月光を反射して、鈍い銀色に染まったそれはプラスティックで出来ているようだった。
少し引っ張ってみればすぐに外れそうな感覚があるが、星野の言葉が本当であるなら外れる前に爆発する。
それは身に着けていることを忘れてしまいそうに軽い。
しかしこの首輪の仕事を考えると福留には今まで背負った何よりも重く感じてしょうがない。
首輪から手を離すと頭を二、三度掻いた。

―――逃げたくても逃げられない飼い犬か、俺らは。
首に巻きついた軽いプラスティックの輪が自分の生命を左右している。
それはまるで鎖に繋がれ、暑い夏も寒い冬も外に出されたままの犬のようで。
初めて犬の気持ちが分かった気がする、福留は何故かそこで笑った。

逃げない限りは生を約束されている、まぁ約束は3日間しかないのだけど。
逃げ出そうとすれば殺される、それは野良犬を捕まえて殺すのと変わらない。
そして、今俺はあの人が言った殺し合いを忠実に行っている。

「まさに犬だな・・・・。」

そう呟いたところで、福留は目の前の道を何かが横切っていることに気付いた。
目を凝らして見る。満月なのか10メートル先ぐらいは見えそうなほど明るい事も手伝い、横切っているものはすぐに分かった。
犬だ。こんな時に犬かよ。
福留は笑うしかなかった。自分が犬だと何だと考えていたところに、本物の犬が目の前に居たからだ。
何なんだろうなぁ俺も、と立ち上がり服のゴミを払うのもそこそこに本物の犬に近付いた。
懐中電灯に照らされた毛並みは薄い茶色、雑種だろうかと考えた。
人間慣れしているのかそれとも恐怖なのか、犬は止まったまま福留を見上げている。

「おーおー心配すんなー。」

福留は先ほどより柔らかい表情で犬の頭を撫でる。
一瞬びくっと身を震わせたが、次には気持ちよさそうに犬は目を細めた。

「お前も一人かー、んー?」

返事が返ってくる訳はないと思いながらも、福留は犬と視線を合わせつつ話しかけた。
考えた通り、返事は返ってこない。なら、と犬の頭を撫でつつ、話を続けることにした。
犬の目が真っ直ぐ福留を捕らえている。

「俺も一人だよ、今は。でさ。」

少し間を置く。犬は鼻を少し上げ、それからまた真っ直ぐ福留を見た。

「・・・・俺、岩瀬さん殺したいんだ。」

本当に中日ドラゴンズに必要なのはどちらなのか。本当にチームの力になるのはどちらなのか。
それを決めたい、ある意味純粋で本能的な願い。それも犬みたいだな、と福留は気付き自嘲する。
犬は聞いているのか聞いていないのか分からない。しかし福留の顔を真っ直ぐに見つめていた。

「じゃ、そろそろ行こうかな・・・。」

草だらけ木だらけの道の向こうを見つめる。時刻はもう9時を過ぎた。

「・・・あ、着いてくる?」

森に入ろうと立ち上がると、それにつられたかのように犬も少し動く。
ふっと笑みがこぼれる福留。しかしあることに気付き、少し顔を歪ませた。

「怪我してんじゃんお前・・・・・大丈夫?」

犬は左前足を上げて動いたのだ。懐中電灯で照らし、よくよく見てみると短く骨ばった足には似合わない色が広がっていた。
どこかで擦ったのだろうか、痛いだろうな。と思い巡らせたところで止めた。
―――あぁ、人が殺した俺が言える筋じゃねぇな。
矛盾に気付き、福留はもう一度自分で自分を嘲笑う。

「とりあえず・・・」

犬が見上げる。福留が目を見て続けた。

「後で手当てしてあげるね。」

後でとはいつだろうか、岩瀬さんを殺した後だろうか。
だとするなら狂ってんな、お前。
どこかで誰かが呟いた声が耳に届く。その声は自分の心が放ったのか、それとも頭からか。
まぁどっちでもいいな、と福留は返した。

狂っているの狂っていないのは分からない、それはあくまで他人が判断することだ。
俺としては、ただ単純にどっちが強くてどっちが必要なのか知りたいだけなのだから、狂っているのかいないのかは問題ではない。
問題なのは、岩瀬さんが死ぬのか俺が死ぬのかということだけだ。
その問題の答えは―――。

考えるのをやめて、福留は後ろの犬に話しかけた。

「じゃ、行こうか。」

懐中電灯で道の先に光を当てる。いつの間にか月は隠れおり、闇に光が吸い込まれていくだけになった。
福留は目を細める。闇の、その奥にある何かを見据えるように。
そして歩き始めた、ポケットの中のカードを握り締めながら。


【福留孝介(1) E−7】




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